怪文書と、路地裏の予言者
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「局長。また妙な依頼が届いていますよ」
阿武隈探偵事務所の昼下がり。
八千代が困惑した表情で、一枚の封筒をデスクに置いた。
封筒は真っ黒で、差出人の名前はない。ただ、赤いインクで**『SAGA SAGAの崩壊を予言する』**とだけ書かれている。
「……またか。今月に入って3通目だぞ」
遼司はため息をつきながら、封筒をペーパーナイフで切り裂いた。
中から出てきたのは、不気味な文言が羅列された便箋と、一枚の地図。
『終末の刻は近い。第44区画の地下水路にて、死者が蘇る儀式が行われている。止めなければ、世界は再び闇に沈むだろう』
「死者蘇生、ねえ……」
遼司は鼻で笑った。
ナイ達の侵略騒ぎが終わってから、この手の「終末論」を唱える愉快犯が増えている。
あの大規模なバグや亀裂を目撃したNPCたちが、不安からオカルトに走るのは無理もない話だが。
「どうしますか、局長? 一応、調査しますか?」
星がコーヒーを啜りながら尋ねる。
「まあな。万が一ってこともある。それに、この『地下水路』って場所、ちょっと気になる」
遼司は地図を指差した。
そこは、かつてナイが侵略の拠点として使おうとしていたエリアに近い。
『……分析。当該エリアにおける異常なデータトラフィックを検知。微弱ですが、旧支配者の楔に近い波長パターンを確認しました』
遼司の右腕が、脳内で警告を発する。
「おっと。カイン先生のお墨付きが出たぞ」
遼司は立ち上がった。
愉快犯のイタズラかと思いきや、きな臭い匂いがしてきたようだ。
「行くぞ。……もし本当に死者を蘇らせようなんてふざけた真似をしてる奴がいるなら、丁重に『二度死ね』って教えてやる」
***
第44区画、地下水路。
湿った空気と、下水の臭いが充満する薄暗い通路を、遼司たちは進んでいた。
「うへぇ……。カビ臭いですね」
星が鼻をつまむ。
「文句言うな。探偵の仕事は3K(きつい・汚い・危険)が相場だ」
遼司は懐中電灯で足元を照らしながら、慎重に進む。
ディテクターの数値が、徐々に上昇している。
『警告。前方50メートル、熱源反応あり。複数名。……詠唱のような音声パターンを検出』
カインのナビゲートに従い、角を曲がると――。
そこには、異様な光景が広がっていた。
水路の広場に、黒いローブを纏った数人の男たちが集まっている。
彼らが囲んでいるのは、古びた祭壇と、そこに横たわる**「壊れたマネキン」**のようなもの。
「おお、偉大なる深淵の主よ……! この器に、再び命を宿したまえ……!」
男たちが呪文を唱えると、マネキンがガタガタと震え出し、黒い霧がまとわりつき始めた。
「……あいつら、本気か?」
遼司が眉をひそめる。
「あれは……NPCの廃棄データを無理やり繋ぎ合わせた『ツギハギ』です。魂魄が入っていない空っぽの器に、楔のノイズを流し込んで動かそうとしている……!」
八千代が戦慄する。
「死者蘇生なんて高尚なもんじゃねえ。ありゃあ、ただの『死体遊び』だ」
遼司は霊子銃を抜いた。
許せない。
命を、魂を、なんだと思っているんだ。
「そこまでだ、三文芝居の役者ども!」
遼司が叫ぶと同時に、星が飛び出した。
「強制捜査です! 神罰執行!」
星の日本刀が閃き、儀式の燭台を両断する。
黒いローブの男たちが慌てふためく。
「な、なんだ貴様らは!?」
「我々は『新しき教団』! ナイ様が去った後、この世界の真理を継ぐ者だ!」
「新しき教団だか何だか知らねえがな……」
遼司は、祭壇の上のマネキンに歩み寄った。
マネキンは、虚ろな目で天井を見つめ、苦しそうに痙攣している。
「こいつは泣いてるぞ。『眠らせてくれ』ってな」
遼司は霊子銃をマネキンの額に当てた。
「デバッグ・ショット」
パン。
静かな銃声と共に、マネキンを覆っていた黒い霧が散った。
マネキンは糸が切れたように動かなくなり、ただのデータクズへと戻った。
「貴様ぁぁ! 我々の芸術を!」
教団員の一人が、ナイフを取り出して襲いかかってくる。
『迎撃モード。推奨アクション:右ストレート』
カインの指示よりも早く、遼司の右拳が教団員の顔面を捉えた。
ドゴォッ!
強化された義手の威力で、男は数メートル吹き飛んで気絶した。
「……弱いな」
遼司は拳を振った。
「ナイの足元にも及ばねえ。ただの模倣犯か」
残りの教団員たちも、星にあっという間に制圧され、縄で縛り上げられた。
「一件落着ですね」
星が刀を納める。
だが、遼司はまだ警戒を解いていなかった。
彼は、水路の奥――暗闇の向こう側を睨みつけていた。
「……いや。まだ『客』がいるぞ」
暗闇から、パチパチと拍手の音が聞こえてきた。
現れたのは、ボロボロのコートを羽織った、痩せこけた男だった。
目深に被ったフードの下で、眼だけが異様にぎらついている。
「素晴らしい。流石は、あのナイ様を退けた英雄たちだ」
男の声は、擦れたレコードのように不快だった。
「誰だ、てめえ」
「私は……ただの『予言者』ですよ。この世界に満ちる、新たな絶望の予兆を感じ取っただけのね」
男は、懐から一枚のカードを取り出し、遼司に投げ渡した。
それは、タロットカードの**「死神」**。
「今回の教団は、ただの前座に過ぎない。……貴方たちは知っていますか? この世界のシステムには、創造主(哲人)さえ知らない『致命的な欠陥』があることを」
「欠陥……?」
「近いうちに、その欠陥が牙を剥くでしょう。……特に、そこの美しい奥様にとってはね」
男の視線が、八千代に向けられた。
八千代の背筋に、冷たいものが走る。
「……どういう意味だ」
遼司が銃口を向けるが、男は煙のように後退った。
「楽しみにしていてください。……次なる『崩壊』は、外からではなく、内側から始まりますから」
男はそう言い残すと、煙幕を焚いて姿を消した。
後には、下水の臭いと、不吉な予言だけが残された。
「……逃げられましたか」
星が悔しげに言う。
「ああ。だが、ただのハッタリじゃなさそうだ」
遼司は、手の中のタロットカードを握り潰した。
「内側からの崩壊」、そして八千代に向けられた視線。
平穏な日常に戻ったはずのSAGA SAGAに、またしても不穏な影が落ちていた。
「帰るぞ。……佐伯に、今の男のデータを解析させる」
遼司は八千代の肩を抱き寄せた。
その手が、少しだけ震えていることに、八千代は気づいていた。
(局長……。大丈夫ですよ。私は、どこにも行きませんから)
八千代は心の中で呟き、夫の温もりを感じながら、暗い地下水路を後にした。
だが、彼女自身もまだ知らない。
自らの身体に、既に小さな「ノイズ」が走り始めていることを。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




