価値ゼロの宝の地図
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「警告。その『あんぱん』の糖質は、推奨摂取量を30%超過しています。直ちに『プロテインバー』への変更を推奨します」
阿武隈探偵事務所のデスクで、遼司は右腕を睨みつけていた。
彼が口に運ぼうとしていたあんぱんを、右手が勝手に静止させているのだ。
「うるせえよ、カイン! 朝は糖分が必要なんだ! お前は俺の健康管理ソフトか!」
『否定。私は貴方の生存率を最大化するための戦闘補助システムです。不健康な食生活は、戦闘パフォーマンスを低下させます』
脳内に響く冷徹な弟の声。
カインのデータが宿った右腕は、事あるごとに遼司の「非効率な行動」に口を出してくるようになっていた。
「あらあら。仲がよろしいこと」
八千代がお茶を出しながらクスクスと笑う。
「弟さんが心配してくれるなんて、幸せですね、局長」
「過干渉なだけだ。……ったく、食うぞ!」
遼司が無理やり右腕をねじ伏せ、あんぱんにかじりつこうとしたその時。
事務所のドアが控えめにノックされた。
「あ、あの……ごめんください」
入ってきたのは、野球帽を被った小学生くらいの男の子だった。
目元が赤く、今にも泣き出しそうだ。
「いらっしゃい。迷子かい?」
八千代が優しく声をかけると、少年は首を横に振った。
「ううん。……依頼、したいんです」
少年――名前はケン太といった。
彼は、一枚の汚れた紙切れをデスクに広げた。それは、子供がクレヨンで描いたような、拙い地図だった。
「これ、宝の地図なんだ。僕と、親友の『ショウ君』が隠した、タイムカプセルの場所」
「タイムカプセルか。ロマンがあるな」
遼司があんぱんを置いて身を乗り出す。
「でも、見つからないんだ。……ショウ君、先週急にいなくなっちゃって。この世界(SAGA SAGA)から消えちゃったんだ」
(プレイヤーのログアウト、あるいはアカウント削除か……)
遼司は察した。NPCであるケン太にとって、プレイヤーである親友との別れは、突然の「神隠し」に等しい。
「僕、ショウ君と約束したんだ。『大人になったら一緒に開けよう』って。でも、ショウ君がいなくなっちゃったから……せめて僕だけでも、見つけて守っておきたくて。でも、工事で地形が変わっちゃってて……」
ケン太の目から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
その瞬間、遼司の右腕が青く発光した。
『解析完了。依頼内容:埋蔵物の探索。対象エリア:第12区画・希望ヶ丘公園。……推奨回答:却下』
カインの声が、遼司の脳内だけで響く。
『当該エリアは、先日の侵略戦の余波で大規模な地形データ更新が行われました。地中に埋められたデータの98%は、システムにより「不要なジャンクデータ」として消去されています。発見確率は0.002%。リソースの無駄です』
「……黙ってろ、カイン」
遼司は右腕を強く握りしめ、ケン太の頭に手を置いた。
「安心しな、ボウズ。この阿武隈探偵事務所が、その宝物、必ず見つけ出してやる」
***
希望ヶ丘公園は、カインの指摘通り、無惨な姿になっていた。
かつての遊び場は、復興工事のために掘り返され、無機質なポリゴンの山が積み上げられている。
「うわぁ……。ここじゃ、ショベルカーを使わないと無理ですね」
同行した星が、呆然と呟く。
「カイン。スキャンだ」
遼司が命じると、右腕が嫌々ながらも従った。
手のひらからレーザー状の光が放たれ、瓦礫の山を走査する。
『スキャン中……。スキャン完了。対象物の反応なし。……再三の忠告ですが、時間の無駄です。兄さん、貴方は「無いもの」を探している』
「無いかどうかは、掘ってみなきゃ分からねえだろ」
遼司はジャケットを脱ぎ捨て、袖をまくり上げた。
そして、工事現場に放置されていたスコップを手に取った。
「星、八千代! 手伝ってくれ! ケン太の記憶じゃ、この辺りの『大きな木の下』だ!」
「了解です! 私の剣技なら、掘削作業も可能です!」
「私も微力ながらお手伝いします」
三人は泥だらけになって、瓦礫の山を掘り返し始めた。
通りがかる他のNPCたちが、怪訝な顔で見ていく。
「あの人たち、何やってるの?」「データなんて検索すればいいのに」
『理解不能です』
カインが溜息交じりに告げる。
『なぜ、そこまでするのですか? たとえ見つかったとしても、中身は子供の玩具か、意味のないテキストデータでしょう。市場価値はゼロです』
「価値ってのはな、市場が決めるもんじゃねえ」
遼司は汗を拭いながら、スコップを突き立てた。
「あのボウズが『宝物』だって言ったんだ。なら、それは世界中の金塊よりも重い価値があるんだよ!」
その時。
カチン、と硬い音がした。
「……ん?」
遼司が泥を払うと、そこには錆びついた「クッキーの空き缶」が埋まっていた。
システムの自動削除から、奇跡的に漏れていたのだ。
「あったぞ! ケン太!」
公園の隅で待っていたケン太が、弾かれたように駆け寄ってくる。
「これ! これだよ! 間違いない!」
震える手で缶の蓋を開ける。
中に入っていたのは、スーパーボール、珍しい形の石、そして一枚の手紙だった。
『ケン太へ。僕、引っ越すことになったんだ。もうログインできないかもしれない。でも、ケン太と遊んだこと、絶対に忘れないよ。ありがとう。 ショウより』
拙い文字で書かれた、別れのメッセージ。
それを読んだケン太は、缶を抱きしめて声を上げて泣いた。
「うあぁぁぁ……! ショウ君……! 僕も、忘れないよぉ……!」
それは、単なるデータではない。
二人の友情が、確かにここに在ったという「証明」だった。
夕暮れの公園。
遼司は泥だらけのまま、缶ジュース(電子決済)を買って喉を潤した。
『……結果論です』
右腕が、少しだけ不貞腐れたように明滅した。
『今回は偶然、削除ルーチンを免れただけ。確率論的には、貴方の行動は非効率の極みでした』
「へっ。負け惜しみかよ、カイン」
遼司は右腕をポンと叩いた。
「効率だけで割り切れないのが、人間の『情』ってもんだ。……お前も、俺の腕になってるなら、少しはこの『泥臭さ』を学習しな」
『……学習項目に追加します。「非効率な情動が生む、局所的な奇跡について」。……優先度は低めに設定しますが』
「素直じゃねえなぁ」
星と八千代が、泥を落としながら戻ってきた。
「局長、ケン太君、泣き止んで帰っていきましたよ。『ありがとう』って」
「そうか。……いい仕事だったな」
遼司は空き缶をゴミ箱に投げ入れ、夕焼けを見上げた。
世界を救う派手な戦いもいいが、こういう小さな「宝探し」も悪くない。
「帰るぞ。……八千代、今日の晩飯は?」
「ふふっ。今日は局長の好きな、熱々の『肉じゃが』ですよ」
「最高だ! カイン、文句は言わせねえぞ!」
『……成分分析。栄養バランスは良好です。推奨します』
遼司たちは笑いながら、探偵事務所への帰路についた。
その背中には、世界を救った英雄の威厳ではなく、街の頼れる「お節介なおじさん」の温かさが滲んでいた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。




