バグだらけの履歴書(レジュメ)
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
爆煙が晴れると、鏡面の世界には二つの影があった。
一つは、左手を突き出したまま荒い息をつく、傷だらけの阿武隈遼司。
もう一つは、腹部に風穴を開けられ、仰向けに倒れた青年――カインだった。
「……論理、エラー……。出力係数、計測不能……」
カインの口から、ノイズ混じりの言葉が漏れる。
彼の「最適化」された身体は、遼司が叩き込んだ「愛と後悔の情念」を処理しきれず、内側から崩壊を始めていた。白い肌に亀裂が走り、そこから青い光が漏れ出している。
「なぜ……ですか。僕は、無駄を削ぎ落とした。恐怖も、未練も、痛みも……すべて捨てたはずなのに」
カインは虚ろな瞳で、鏡のような空を見上げた。
「なぜ、バグだらけの旧型に、負けたんですか」
遼司は、痛む身体を引きずってカインの横に膝をついた。
そして、懐からタバコ(形だけのデータ)を取り出し、カインの口に咥えさせた。
「……それが、『重み』ってもんだよ」
遼司は、自らの指先から小さな火を出してタバコに点火した。
紫煙が、静謐な空間に揺らめく。
「お前は、俺の人生を『履歴書』だけで判断したんだろ? 病気で死んだ、家族に迷惑をかけた、うだつの上がらない郵便局員……ってな」
「……事実は、そうです。貴方の人生は、失敗の連続だ」
「ああ、その通りだ。だがな、履歴書の行間には、書ききれない『想い』が詰まってるんだよ」
遼司は、自分の胸を叩いた。
「失敗した夜に飲んだ酒の苦さ。謝れなかった時の胸の痛み。それでも、翌朝に『おはよう』と言ってくれた家族の声……。そういう、どうしようもない『バグ』の積み重ねが、今の俺を支えてる」
「バグが……支え……?」
「そうだ。完璧な機械には、踏ん張る理由がねえ。だが、俺たち人間は、欠けてるからこそ、そこを埋めようとして……誰かと手を繋ぐんだ」
カインの瞳が、僅かに揺れた。
彼の視界の端に、八千代と星が駆け寄ってくるのが見えた。
傷ついた遼司を支えようと、必死の形相で走ってくる「他人」たち。
「……なるほど。それが、『家族』というシステムの……補完機能ですか」
カインは、初めて人間らしい、自嘲の笑みを浮かべた。
「非効率だ。……けれど、少しだけ……羨ましいですね」
カインの身体が、足元から光の粒子となって分解され始めた。
最期の時が迫っている。
「兄さん。……一つだけ、貴方に渡したいものがあります」
カインは残った右手を上げ、遼司の胸に触れた。
「僕が集めた『最適化データ』の一部です。これがあれば、貴方の右腕の損傷くらいは修復できるはずです」
「……おい、いいのかよ。敵に塩を送るのか?」
「いいえ。……これは、弟からの『仕送り』だと思ってください」
カインの姿が薄れていく。
「行ってください。この先の『混沌の核』に……あいつ(ナイ)がいます。貴方のその『重たい情念』なら……きっと、神様だって殴り倒せる」
「……ああ。任せとけ」
「さようなら……兄さん……」
パリン。
ガラスが割れるような音と共に、カインは完全に消滅した。
後に残ったのは、遼司の右腕を包み込む温かな光だけ。
光が収まると、抉られたはずの遼司の右腕は、元通りに――いや、以前よりも力強く再生していた。
「……馬鹿野郎。弟のくせに、格好つけやがって」
遼司は立ち上がり、帽子を目深に被り直した。
その目元を隠すように。
「局長!」
「遼司さん、お怪我は!?」
駆け寄ってきた八千代と星に、遼司は無言でサムズアップを返した。
「心配いらん。……弟から、とびきりの『栄養剤』をもらった」
遼司は、カインが消えた場所を一瞥し、そして前を向いた。
鏡面世界の彼方。そこに、どす黒いオーラを放つ巨大な「樹」のようなオブジェクトが見える。
SAGA SAGAの心臓部、「Grandchild Mesh」の核だ。
そして、その根元には、この世界を終わらせようとする少年――ナイが待っている。
「行くぞ。これが最後の配達だ」
遼司の声には、もはや迷いはなかった。
背中には、彼自身の人生という「バグだらけの物語」と、弟から託された「未来への願い」が乗っている。
郵便局員・阿武隈遼司。
彼の足取りは、神域の静寂を踏みしめ、決戦の地へと向かった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




