神々の不法投棄場
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
「……ッ、衝撃に備えろ!」
遼司の怒号と共に、ボロボロになったダッジバンが、光と泥の渦巻くトンネル(亀裂)を抜け出した。
浮遊感。そして、強烈な重力の反転。
ドガァァァァン!!
車体は、見えない大地に叩きつけられ、数回バウンドして横転した。
窓ガラスが粉々に砕け散り、タイヤが虚しく空転する音だけが、静寂の中に響いた。
「……う、ぐ……。生存確認。八千代、星、生きてるか」
遼司はエアバッグの死骸を押し退け、這い出した。
ホムンクルスの身体が軋み、ディテクターが損傷のアラートを鳴らしているが、致命傷ではない。
「はい……なんとか。腰が抜けそうですが」
助手席から八千代が呻く。
「問題ありません。局長、周囲の警戒を」
星は既に車外へ飛び出し、日本刀を構えていた。
遼司が顔を上げ、周囲を見渡した瞬間――彼は言葉を失った。
「なんだ、ここは……」
そこは、地獄というにはあまりに美しく、天国というにはあまりに狂っていた。
空は極彩色に輝くオーロラのようなデータストリームで覆われている。
地面には、古代ギリシャのような白亜の神殿の瓦礫と、近未来的なサーバーラックの残骸が、無秩序に融合して散らばっていた。
そして、その全てが、ドス黒い粘液(楔)によって侵食され、脈動している。
「ここが、第2層……『神界のフロンティア』ですか」
八千代が震える声で呟く。
「本来は、哲人様が創ったVR空間と、神々の霊脈が調和する美しい場所だったはずです」
星が悔しげに唇を噛む。
「それが、見る影もありません。まるで、神話とデジタルの『ゴミ捨て場』です」
ズズズズズ……。
その時、彼らの背後にある巨大な瓦礫の山が動いた。
いや、瓦礫ではない。
それは、山脈のように巨大な「肉塊」だった。
「グルルルル……」
無数の目玉と触手を持つ、ナメクジのような巨体。
その表面には、哲人が作ったであろう「遊園地のアトラクション」や「美しい街路樹」のデータが、醜く取り込まれ、へばりついている。
先程目覚めたばかりの神話生物の正体だ。
「おいおい……。あんなデカブツ、配達用のトラックにも乗りきらねえぞ」
遼司は冷や汗を流しながら、霊子銃を握りしめた。
『侵入者……発見……。排除……』
巨体から発せられたのは、声帯を通した音ではなく、脳に直接響く「精神汚染波」だった。
ただの言葉が、物理的な衝撃となって遼司たちを襲う。
「ぐあっ!」
「きゃあ!」
三人は吹き飛ばされ、神殿の柱に叩きつけられた。
圧倒的な質量の差。
通常の戦闘が通用する相手ではない。
「逃げるぞ! あんなのとまともにやり合ってたら、日が暮れるどころか世界が終わる!」
遼司は八千代の手を引き、走り出した。
星が殿を務め、迫りくる触手を斬り落とすが、再生速度が速すぎる。
「局長! どこへ逃げますか! この階層全体が敵のテリトリーです!」
「どこでもいい! とにかく、あのデカブツの視界から消えろ!」
彼らは、データの残骸と粘液の森を駆け抜けた。
息が切れる。足が重い。
ここは、人間(NPC)が生きていられる環境ではない。空気中には濃密な神気が充満しており、吸い込むだけで肺が焼けるようだ。
「はぁ、はぁ……。局長、あれを!」
八千代が指差した先。
粘液の沼の向こうに、奇妙な建物が見えた。
それは、周囲の神話的な風景から完全に浮いた、ごく普通の「日本の民家」のような建物だった。
ただし、半分がデータノイズで欠け、半分が古代の石材で補強されている。
「シェルターか? ……いや、哲人の『記憶の残滓』か」
遼司たちは、迷わずその民家へと飛び込んだ。
玄関のドアを蹴破り、中に入ると、そこには不思議な静寂があった。
巨神の咆哮や、粘液の音が、遠く遮断されている。
「結界……? いや、これは『保存領域』ですね」
星が部屋を見渡す。
室内は、昭和の時代の茶の間を再現したような空間だった。
ちゃぶ台、ブラウン管テレビ、黒電話。
それは、遼司と八千代がかつて生きた、懐かしい風景そのものだった。
「これは……私たちが住んでいた家?」
八千代がちゃぶ台に触れる。埃ひとつない。
「哲人の奴、こんなデータまで残していたのか」
遼司は、壁に掛けられたカレンダーを見た。日付は、彼が死んだ日のままだ。
「ここは、哲人様が『祖父母との思い出』を永遠に保存するために作った、この世界で最も強固なセーフティ・エリアかもしれません」
星が推測する。
「だからこそ、旧支配者の侵食も、ここだけは完全には届いていない」
だが、安息は長くは続かない。
外では、巨神の足音が近づいてきていた。
ズシーン、ズシーンと、世界そのものを揺らす振動。
「隠れ家としては上等だが、袋の鼠だな」
遼司は苦笑いして、霊子銃の残弾を確認した。
残りわずか。
「局長。……ここにある黒電話、生きています」
八千代が受話器を上げて言った。
ツー、ツーという発信音が聞こえる。
「電話? 誰にかけるんだ。地獄の閻魔様か?」
「いいえ。……この回線は、この家の『主』に繋がっているはずです」
八千代は、震える指でダイヤルを回した。
かつて、何度もかけた番号。
孫の哲人が、大学の下宿先で使っていた番号だ。
ジリリリリ……。
呼び出し音が響く。
繋がるはずがない。哲人は第1層(表の世界)で、何も知らずに暮らしているはずだ。
だが、この第2層は「夢と現実の境界線」。
哲人の潜在意識(無意識)となら、繋がるかもしれない。
ガチャ。
『……はい。もしもし?』
スピーカーから聞こえてきたのは、大人になった哲人の、寝ぼけたような声だった。
遼司は受話器を奪い取った。
喉が熱くなる。
死んでから30年。ずっと聞きたかった声だ。
「……哲人か。俺だ」
『え……? 誰……?』
「じいちゃんだよ。……ちょっと今、お前が作った世界の裏側で、迷子になっちまってな」
遼司は、ニカっと笑った。
涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えて。
「悪いが、道案内を頼めるか? ……とびきり安全で、あの大迷惑な客(神)を追い返せるような、秘密の抜け道を」
『じい……ちゃん……?』
電話の向こうで、息を呑む気配がした。
夢が現実に干渉する。
祖父と孫の、時空を超えた通話が繋がった瞬間だった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




