切手不要の苦情届(クレーム)
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
黒い雨がアスファルトを溶かし、泥濘と化したアトランティア市の大通り。
その中を、一台のダッジバンがタイヤを軋ませながら疾走していた。
「局長! 左から『飛行するポリプ』の群れが来ます!」
助手席の八千代が叫ぶ。彼女の手元のタブレットには、真っ赤な敵性反応が渦巻いていた。
「星! 追い払え!」
「承知!」
スライドドアが勢いよく開き、早乙女星が身を乗り出した。
暴風雨の中で、彼女の黒髪とレザースーツが濡れそぼる。だが、その瞳に宿る「正義」の炎は、雨ごときでは消えなかった。
「天秤流・飛燕!」
星が日本刀を一閃させる。放たれた神気の斬撃が、迫りくる異形の群れを空中で爆散させた。
汚い肉片が雨と共に降り注ぐが、ダッジバンは構わずそれを踏み潰して進む。
ハンドルの先に見えるのは、街の中心にそびえ立つ**「正義とロマンの塔」**。
かつての佐賀県庁を模したその塔は、今や黒い雨に打たれ、泥に沈みかけていた。だが、そこが第1層で最も空に近い場所だ。
「佐伯! 準備はできているな!」
遼司がインカムに向かって怒鳴る。
『はい、局長。塔の最上階にある「未来郵便局」の配送用リニアカタパルト、強制接続完了しました』
地下中枢の佐伯の声は、極限の集中状態で研ぎ澄まされていた。
『ただし、本来は手紙を飛ばすための装置です。人間を乗せた車両を射出すれば……G(重力加速度)でミンチになる可能性があります』
「構わん! 俺たちはただの人間じゃない。……しぶとい『不良在庫』だ!」
遼司はアクセルを床まで踏み込んだ。
ダッジバンは瓦礫の山をジャンプ台にして跳躍し、塔のエントランスを粉砕して内部へと突入した。
塔の内部もまた、侵食が進んでいた。
壁からは黒い触手が生え、床は粘液で滑る。だが、かつて遼司たちが救った「兄弟」の情念が残るこの場所は、微かにだが「拒絶」の光を発していた。
「行けぇぇぇぇ!」
遼司は螺旋状の回廊をドリフトしながら駆け上がる。
タイヤが悲鳴を上げ、車体が壁に擦れて火花を散らす。
「局長、無茶です! エンジンが持ちません!」
八千代が警告する。
「持たせるんだよ! 家族を守るためなら、火の車だって運転してみせるのが親父ってもんだ!」
その言葉に応えるように、ダッジバンのエンジンが咆哮を上げた。これはただの車ではない。SGMAの技術と、遼司の「情念」で動く鉄の塊だ。
最上階、「未来郵便局」。
フロアの中央にある巨大な「時計仕掛けのポスト」が、佐伯のハッキングによって変形していた。
それは巨大な射出台となり、遥か上空の「亀裂」に狙いを定めている。
「セット完了! カウントダウン、3、2……」
ダッジバンが射出台に固定される。
フロントガラスの向こう、割れた空の中心に、少年・ナイが座っているのが見えた。
そして、その背後から這い出しつつある、山脈のように巨大な「神話生物」の姿も。
「……1。射出!」
ドォォォォォン!!
爆発的な加速。
ダッジバンは砲弾となって、垂直に空へと打ち上げられた。
重力が全身を押し潰し、視界が歪む。
「ぐぅぅぅ……!」
「きゃあぁぁぁ!」
八千代と星が悲鳴を上げる中、遼司だけは歯を食いしばり、正面を睨み続けていた。
霊子銃を握る手が、ギリギリと音を立てる。
黒い雨雲を突き抜け、ダッジバンは空の亀裂へと肉薄する。
「……あはは! すごいすごい! 本当に飛んで来ちゃった!」
亀裂の縁で、ナイが腹を抱えて笑っていた。
「でも、残念。ここは神の領域(第2層)の入り口だよ? 生身の人間が入ったら、魂ごと分解されちゃうけど?」
ナイが指を振ると、亀裂から溢れる「混沌の泥」が、津波のようにダッジバンに襲いかかった。
触れるだけでデータを消滅させる、絶対的な死の波。
「させません!」
星がダッジバンの屋根に飛び乗った。
「我が身はアストレアの剣! 正義の輝きよ、道を拓け!」
星は全身の神気を解放し、自らが「光の弾丸」となって泥の津波に突っ込んだ。
眩い閃光。泥が蒸発し、一瞬だけ「風穴」が開く。
「星!」
「行ってください、局長! 私のことは構わずに!」
星は泥の波に飲み込まれながら、それでも道を開き続けた。
その献身的な道を通り抜け、ダッジバンはナイの目の前へと踊り出た。
「しつこいなぁ。……で? ここまで来て、何をするつもり?」
ナイは、空中に浮かぶダッジバンを冷めた目で見下ろした。
「土下座でもする? それとも、命乞い?」
遼司は、サイドウィンドウを開け放った。
そして、暴風の中で身を乗り出し、霊子銃をナイの鼻先に突きつけた。
「いいや。……『受取拒否』の手続きだ」
遼司の霊子銃が、かつてないほどの輝きを放つ。
装填されているのは、SAGA SAGAの住人たち、そして遼司自身が抱く、理不尽な暴力への「怒り」。
「この世界はな、俺の孫が創った『愛』の場所だ! 貴様らみたいな宛名のないバケモノが、土足で踏み込んでいい場所じゃねえんだよ!」
「……は?」
ナイが呆気にとられた瞬間。
遼司はトリガーを引いた。
「文句があるなら、窓口(俺)を通せぇぇぇぇ!!」
ズドン!!
放たれたのは、一発の弾丸ではない。
巨大な**「苦情の印鑑」**のような衝撃波だった。
それはナイの展開していた防御障壁(ATフィールドのようなもの)を粉砕し、彼を亀裂の奥へと吹き飛ばした。
「ぐわっ……!? な、なんだこれ……!? 痛い!? 僕が……痛い!?」
ナイは驚愕に目を見開いた。
旧支配者の眷属である彼にとって、下位存在である人間の攻撃など、そよ風にも満たないはずだった。
だが、遼司の一撃は、彼の「概念」を揺さぶり、物理的な痛みを刻み込んだのだ。
「言っただろ。郵便局員はな、理不尽な荷物を扱うプロなんだよ!」
ダッジバンは重力に引かれて落下を始める。
だが、遼司の放った一撃は、空の亀裂に「蓋」をするように広がり、黒い雨の勢いを弱めていた。
「……くっ、くくく。あはははは!」
吹き飛ばされたナイが、亀裂の奥で狂ったように笑った。
「面白い! 最高だよ、お爺ちゃん! まさか、僕に『痛み』を教えるなんて!」
ナイの瞳が、漆黒から真紅へと変色する。
それは、遊びの終わり。
真の「神話的恐怖」の目覚めを意味していた。
「認めてあげるよ。君たちは、排除すべき『バグ』じゃない。……僕と遊ぶ資格を持った『プレイヤー』だ」
落下していく遼司たちの視界の端で、亀裂の奥から、無数の「目」がギョロリと開くのが見えた。
戦いは、まだ始まったばかり。
だが、彼らは確かに、神に一撃を食らわせたのだ。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




