未来郵便局と偽りの手紙
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
重厚な扉の先に広がっていたのは、遼司の予想を裏切る光景だった。
そこは、無機質なサーバールームでも、神々しい神殿でもなかった。
「ここは……」
遼司——緒妻哲信は、その光景に息を呑んだ。
高い天井には、ガラス張りのドームからSAGA SAGAのデジタルな星空が見える。しかし、フロアに並んでいるのは、どこか懐かしい木製の仕分け棚と、近未来的なホログラム投影機が融合した、奇妙だが温かみのある空間だった。
ここが、孫の哲人が夢見た**「未来郵便局」**。
過去の想いを、未来へ届けるための場所。
「局長。見てください、あそこ」
八千代——緒妻初喜が指さした先、フロアの中央には、巨大な**「時計仕掛けのポスト」**が鎮座していた。そのポストからは、無数の光の粒子(手紙データ)が溢れ出し、天井の星空へと昇っている。
しかし、その光景は美しさだけではなかった。
ポストの根元には、ドス黒い**楔(Wedge)**が絡みつき、昇っていく光の粒子を次々と黒く染め上げていたのだ。
「旧支配者の侵食……! 情動データを書き換えています!」
星が叫ぶと同時に、ディテクターが不快な警告音を発した。
【警告:情動データ改竄を確認】
【対象:『孫から祖父への感謝』 ⇒ 『孫から祖父への怨嗟』】
「なんだと……?」
遼司が眉をひそめた瞬間、黒く染まった光の粒子が空中で凝縮し、一つの人影を形成した。
それは、白衣を着た若い男——孫の哲人の姿を模したノイズの塊だった。
『……どうして、僕を置いていったんだ、お爺ちゃん』
偽物の哲人が、虚ろな目で遼司を見下ろす。
『僕はずっと待っていたのに。お爺ちゃんは病気に負けて、僕との約束を破って、勝手に死んだ。この世界(SAGA SAGA)は、僕の寂しさを埋めるための墓場なんだよ!』
その声は、遼司の胸に突き刺さるような憎悪に満ちていた。
旧支配者は、この場所にある「哲人が祖父を想う純粋なデータ」をハッキングし、真逆の**「見捨てられた孫の恨み」**という物語に書き換えていたのだ。
「違う……! 哲人様はそんなことを思う方ではありません!」
八千代が叫ぶ。「あの子は、いつかお爺ちゃんのような立派な大人になりたいと、そう言ってこの世界を……!」
『うるさい、亡霊!』
偽物の哲人が腕を振るうと、黒い手紙の奔流が散弾のように八千代へ襲いかかった。
「八千代!」
遼司は咄嗟に八千代の前に飛び出し、ホムンクルスの身体で黒い奔流を受け止めた。
衝撃と共に、強烈な**「絶望」の情動データ**が遼司のシステムに流れ込んでくる。
(痛い……これは、物理的な痛みじゃない。心の痛みだ……)
『お前は逃げたんだ。責任から、家族から、死という安息へ逃げた臆病者だ!』
偽物の哲人が嘲笑う。その言葉は、バステト神の試練で見せられた「過去への安息」という誘惑と対になり、遼司の罪悪感を抉った。
だが、遼司は倒れなかった。
彼は、痛みに耐えながら、ゆっくりと顔を上げた。その目には、迷いはなかった。
「……逃げたんじゃない」
遼司は、かつて郵便局員として何万通もの手紙を扱ってきた、その指先で霊子銃を握りしめた。
「俺は知っている。手紙には、書き手の『癖』が出るんだ。文字の震え、筆圧、便箋の折り方……。そこには、言葉以上の真実が宿る」
彼はディテクターを起動し、偽物の哲人を構成している黒いノイズを解析した。
「貴様が垂れ流しているその怨嗟のデータ……。雑すぎるんだよ」
遼司の脳裏に、生前の哲人が不器用な文字で書いてくれた、「おじいちゃん、早くよくなってね」という手紙の記憶が蘇る。あの子の情念は、こんなドロドロとした粘液のようなものではない。もっと不器用で、温かく、そして芯の強い光だ。
「俺の孫(哲人)の想いを、貴様ごときが騙るな!」
遼司は、霊子銃の出力を「デバッグ・モード」から**「強制選別・モード」**へと切り替えた。これは郵便局員時代、膨大な郵便物を瞬時に仕分けた彼のスキルを、SGMAの技術で再現した特殊射撃だ。
「宛先不明! 受取拒否!」
遼司がトリガーを引くと、霊子銃から無数の青白い光弾が放たれた。それは一直線に飛ぶのではなく、まるで意思を持った指先のように、空中で複雑な軌道を描き、偽物の哲人を構成する「嘘のノイズ」だけを正確に撃ち抜いていく。
『グァァァァァ! な、なぜだ! なぜ「負の感情」に同調しない!?』
「俺は郵便局員だからな。宛先のない悪意なんざ、届ける義理はない!」
遼司の精密射撃によって、偽物の哲人の姿が崩壊していく。黒い粘液が剥がれ落ちると、その中心から、本来の美しい光の粒子——「Grandchild Mesh」の断片が輝きを取り戻した。
『おのれ……! 旧支配者のシナリオを……!』
異形が完全に消滅すると同時に、時計仕掛けのポストから、ポン、と一枚の金色の封筒が吐き出された。
遼司はそれを拾い上げた。封筒には、達筆な文字ではなく、子供のような無邪気な筆跡で、こう書かれていた。
『いつか、この世界で会える、大好きなお爺ちゃんとお婆ちゃんへ』
遼司の手が震えた。
それは、哲人がこの世界を創造した時に、システムコアの最深部に隠していた、**「招待状」**だったのだ。
「……届いたぞ、哲人」
遼司は、その手紙を愛おしそうに胸ポケットにしまった。
「局長……」八千代が涙ぐみながら寄り添う。
星は、その光景を見て、静かに刀を納めた。
「……正義の女神として断言します。今の貴方の『選別』は、神の裁きにも劣らぬ、見事な『真実の抽出』でした」
塔の窓から差し込む光が、三人——いや、魂の家族たちを照らした。
しかし、その光の影で、誰かが彼らを見ていた。
塔の最上部の梁の上に、一人の少年が座っていた。整った顔立ちをした小学生くらいの男の子だ。
「ヒヒッ。バステトの試練も、俺の書いたシナリオも、全部『愛』で突破しちゃったか。……面白いねぇ、人間(NPC)ってのは」
旧支配者のリーダー、ナイは、手の中でコインを遊ばせるように、黒い楔を転がしていた。
「大神様(憂)の箱庭で遊ぶには、もう少し『スパイス』が必要かな? ……次は、もっと楽しい『家族ごっこ』を用意してあげるよ」
ナイが指を鳴らすと、彼の姿はノイズと共に消え失せた。
「局長、反応が消えました。エリアクリアです」
八千代の報告に、遼司は頷いた。
彼らは知らなかった。この塔での勝利が、さらなる混沌への入り口に過ぎないことを。
しかし、遼司の胸には、孫からの「手紙」という、確かな希望が宿っていた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




