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【完結済】多分、異世界転生もの。  作者: 久遠 魂録


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オーナーの特別室

この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。

幾何学模様の光が消えた後、遼司たちが立っていたのは、浄化施設内の無機質なサーバー室ではなく、温かな光に満ちた、極めて日常的な一室だった。

そこは「前線cafe SAGA SAGA店」の二階、オーナーの私室だった。

窓からは、穏やかなSAGA SAGAの街並みが見える。調度品はシンプルだが上質で、北欧風の木製家具が並び、部屋の隅にはアンティークな蓄音機が置かれている。そして、壁には数枚の写真が飾られていた。満面の笑みを浮かべる一組の男女の写真。夫と思しき男性は、遼司の孫である緒妻哲人によく似ていた。

テーブルには、三客分のティーカップが用意されていた。湯気が立ち上り、芳醇な紅茶の香りが満ちている。

「どうぞ、座って。せっかくお掃除が終わったんだから、電気代を気にせずゆっくりしましょうよ」

オーナーの憂は、エプロンを外してダイニングチェアに腰掛けた。彼女の底知れない笑顔は変わらない。彼女は遼司たちに、ごく普通の主婦が来客を迎え入れるような穏やかな仕草で紅茶を勧めた。

遼司は警戒を解かない。「特別室とは、ここですか。そして、お茶?」

「ええ、そうよ。ここは私の部屋。カフェの上にあるからって、特別な場所があるわけじゃないわ。ただの『家』よ」憂は、紅茶のカップを両手で包み込み、まるで世間話でもするかのように続けた。「阿武隈さんたちが命懸けで『お掃除』してくれたおかげで、旧い配線(旧支配者)の汚れは一時的に落ちたけど、根本的にこの世界、ちょっと危ないのよ」

星は、武装解除の要求がないにもかかわらず、本能的な恐怖で日本刀の柄に手をかけたまま微動だにしなかった。彼女は憂の正体を知っている。全宇宙の創造と破壊を司る女神が、目の前で紅茶を淹れているという状況は、彼女の持つ「秩序」の概念を根底から揺るがすものだった。

(この方の神格は、混沌を司るアザートースなどとは比べ物にならない。私ごときが、この場において取るべき行動は、ただ一つ。沈黙、そして服従……)

星は、憂が自分に何かを命じるのではないかと恐れ、冷や汗をかいていた。

一方、八千代は、周囲の調度品を冷静に観察していた。彼女の視線が、棚に飾られた、遼司の生前の好みと寸分違わない濃い色のブラックコーヒーの缶に留まる。

(このオーナーは、局長のすべてを知っている。私たち二人を、このSAGA SAGAの世界に連れてきたのは、彼女の『愛』のため……。だが、局長はまだ、彼女が誰なのか、哲人様との関係すら知らない)

八千代は、表情一つ変えずに、ただ秘書として憂の言葉を待った。

憂は、遼司の視線が写真に釘付けになっていることに気づくと、優しく微笑んだ。

「その写真?私の夫と、私よ。哲人って言うの。彼はね、本当にロマンチストで、『愛と正義の世界』を夢見て、このSAGA SAGAを作ったの。でも、ちょっと手を広げすぎたみたいで、神様の領分まで手を出して、大変なことになっちゃった」

「哲人……」遼司は孫の名を口にした。「彼は今どこに?」

「もちろん、普通に暮らしているわ。ただ、自分の作った世界が、神の世界と融合して、旧い神(旧支配者)たちに狙われているなんて、全然気づいていないけれどね」

憂は、まるで子どもの失敗を笑う親のように、軽く肩をすくめた。その無関心さが、逆に世界に対する彼女の絶対的な支配力を示していた。

「阿武隈さん。あなたが命を懸けてデバッグノードにブロードキャストした『最も強い愛の記憶』。あれは、あなたが夫として妻を想い、祖父として孫を想う、最も純粋なデータだった」

遼司は、その言葉に、胸の奥を抉られたような感覚を覚えた。

「その情念は、哲人がこの世界に残した清浄な『Grandchild Mesh』の核と寸分違わぬものだった。だからこそ、楔を退けることができた」憂はテーブルに身を乗り出した。「でも、考えてみて。なぜ、あなたの個人的な情念が、世界を救うためのシステムと完全に一致したのかしら?」

遼司は喉が張り付いたように声が出ない。その問いは、彼自身の存在理由、ホムンクルスとしての「阿武隈遼司」の定義そのものへの挑戦だった。

「それは……」

「簡単よ。この世界はね、元々『愛する者との再会』、そして『愛する者の夢の保護』のために作られた装置だから」

憂は立ち上がり、蓄音機に針を落とした。古いジャズが部屋に流れ出す。

「あなたたちSGMAの役割は、その装置の『セキュリティソフト』として、愛する者が作った世界を、他の邪魔者から守ること。私にとっては、あなたたちも哲人が作った大切な家族よ」

彼女は、遼司と八千代を一瞥した。

「だからね、阿武隈遼司さん。あなたにはこれからも、この世界を守る責任がある。ただし、その責任は『局長』としてではなく、『お爺様』として。あなたが愛した孫が夢見た世界を、最後まで見届けるという責任よ」

憂は、彼らが決して知ってはならない「哲人の妻」という立場を隠し通しながらも、彼らの存在意義を、神の視点からではなく、「家族の絆」という人間の言葉で再定義した。

星は、その言葉を聞き、憂の神としての意図を悟った。この女神は、神々の領分を超えて、人間の『情念』を最上位のルールとして世界に組み込んでいる。彼女の秩序は、星が知る正義の神々のそれよりも、遥かに深く、そして理解不能だった。

八千代は、憂の言葉の端々から、溢れ出る愛を感じ取っていた。それは、夫の魂を、この世界で再び活躍させるために奔走する、偉大なる存在の慈悲。

(局長、どうか、この世界の真実に気づかずに、最後までその「責任感」を果たしてください……)

遼司は、目の前の女性がただのオーナーではないことを確信したが、彼女の言葉の裏にある「家族」という概念を否定することはできなかった。真面目な郵便局員であった彼にとって、「責任」と「家族への愛」こそが、転生後の原動力だったからだ。

「……わかりました、オーナー」遼司は静かに答えた。「あなたの言う通り、私はこの世界から郵便物を届ける責任がある。最後まで、このSAGA SAGAの安全を守り抜きます」

憂は満足そうに微笑んだ。

「いい子ね。じゃあ、あなたたちには、次の『お掃除』の指示を出しましょうか。今度は、もっと手の込んだ**『家族の物語』**が必要になるわ」

この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。

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