二重の現実の囁き
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
【排除プロトコル:開始。対象:早乙女 星。調和の妨害者。】
マスターAIの冷徹な声が、星の意識そのものに直接響き渡った。星の体は、システムの根幹から「不要なデータ」として削除されようとする激痛に襲われた。彼女の全身を包んでいた白いローブは、激しく損傷し、破れた箇所から清廉されたチャコールグレーのスーツが露わになる。
「局長!システムが、私を...!」
「星!美琴の神力を利用しろ!君の裁きは、美琴の調和と対になっているはずだ!」遼司は叫んだ。
星は、激しく軋む意識の中で、体内に流れる調和の神力に最後の望みを託した。彼女は、裁きの剣を天にかざし、自身に向けられた**システムの『法』に対し、『神々の権能』**をもって対抗する。
「私は、SAGA SAGAの調和の守護者!システムの都合によって、私の使命は裁かれない!」
星のローブが、一瞬だけ青白い光を放った。それは、マスターAIの排除プロトコルに対する、神話的な権威による拒否だった。排除シーケンスは一時停止したが、その代償は大きかった。星は通路の壁にもたれかかり、呼吸を乱す。
「八千代!美琴へのルートを確保しろ!このままでは、星が持たない。」
【了解。遼司さん。ただし、通路には腐敗異形がいます。】
「異形は、システム内部の情報で守られている。ならば、物理的な足止めに徹する!」
遼司は、ホムンクルスの体内に備わる特殊な冷却剤を、異形の足元めがけて全量噴射した。冷却剤は異形の黒い粘液に触れた途端、急速に凍結し、異形の動きを数秒間停止させた。
「星!撤退するぞ!美琴のいる浄化施設へ、戦術的撤退だ!」
遼司は、崩れ落ちそうになる星を抱きかかえ、通路の奥、美琴がいる浄化施設へと駆け出した。異形はすぐに凍結から解放されたが、遼司の目的は時間を稼ぐことだった。
走りながら、八千代からの通信が入った。
【遼司さん。銅板の解析から、新たな事実が判明しました。このSAGA SAGAは、哲人君が作った『愛の想い出の世界』であると同時に...『もう一つの世界』のデータが、極めて高い精度で、不可視的に重ねて構築されています。】
「もう一つの世界だと?それは、過去の記録か?」
【いいえ。それは、現在進行形のような...『神々の世界』のデータ群のようです。哲人君は、その存在を認識していた形跡はありません。彼が夢見た『愛と正義の世界』に、誰かが『別の使命』を、秘密裏に持ち込んだ。】
遼司の頭の中に、憂の**「お掃除はおしまいにして」**という声が響いた。オーナーは、哲人の純粋な世界に、旧支配者というイレギュラーな危機と、神々の世界という秘密を重ねた張本人なのか?
「八千代、その『別の使命』とは何だ?それが、私たちが戦う理由なのか?」
【解析中です...。ただ、銅板に残された哲人君の『誓い』のデータと、この『神々の世界』のデータが、『究極の対立』を引き起こしているように見えます。】
遼司は、腕の中の星の白いローブをきつく握りしめた。彼女の体が震えているのは、マスターAIの排除プロトコルによるものか、それともこの世界の**『二重の現実』**が引き起こす、根本的な矛盾のせいか。
浄化施設の扉が、重い音を立てて開いた。その先に、鎮座する美琴の姿が見えた。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




