豊穣の神と守護者たち
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
エレベーターの扉が開いた瞬間、通路の奥で美琴を取り囲む黒ローブのプレイヤーたちが見えた。彼らは異形の魔術的な装置を掲げ、美琴へ向かって不気味な呪文を唱え始めている。
「豊穣の女神よ。お前の権能は、我が主の復活の贄となる!」
その言葉が響くと同時に、通路の空気がねじれ、壁や床に黒い粘液状のノイズが発生し始めた。星は迷わず、私に警告する間もなく地を蹴った。
シュッ!
星は、その神速で三体のプレイヤーの間を縫うように駆け抜け、美琴とプレイヤーたちの間に割って入った。
「局長!美琴様を外へ!」
星は、日本刀を低く構え、純粋な防御態勢に入った。美琴へ向けられた悪意を、全て裁き返すための盾となる。プレイヤーの一人が放った黒い光線は、星の刀身に触れた瞬間、白い粒子となって霧散した。
「この邪悪なる力は、私には通じない。私は、裁きそのもの。」星の声は、揺るぎなかった。
美琴は、混乱の中で優しく微笑み、静かに言った。
「感謝いたします、星様。ですが、私は動けません。私の権能は、このノイズを食い止め、境界線が崩壊しないよう、根を張っているのです。」
美琴の足元からは、淡い金色の光が微かに漏れ出し、ノイズが発生している通路の床を、静かに浄化しているのが見えた。彼女こそが、この世界の安定を支える礎なのだと、遼司は本能的に理解した。
その時、通用口の奥、カフェ側から、祈里と神那、そして沙希の三人が、慌てた様子で飛び出してきた。
「美琴さーん!」祈里が叫ぶ。
彼女たちは、通路の異常な光景を見てたじろぐも、美琴の危険を悟り、それぞれの眷属としての力を発動させた。
「邪魔よ!純粋なる心の結界!」祈里の身体から放たれた暖かな光は、プレイヤーたちの**「信仰波」を一時的に乱した**。
「ここは、私たちのカフェよ!汚させない!水流の結界!」神那は消火栓から水を噴出させ、彼女の清浄な力が宿った水流が、黒い粘液ノイズの広がりを食い止めた。
「ひぃっ、ご、ごめんなさい!八百八狸の幻影!」沙希が手をかざしたゴミ箱と段ボール箱が、巨大な狸の化け物の幻影へと変化し、プレイヤーたちを威嚇した。
星は、三人の作り出した**「裁きの隙間」**を最大限に利用するよう、私に指示を出した。
「局長!彼らが掲げる装置の中央接点を破壊してください!儀式を完了させます!」
私はホムンクルスの損傷を無視し、霊子銃を構えた。目標は、星自身に弾丸が当たらない、極めて狭い射線。私の全てを精密性に集中させる。
パン!
弾丸は星の身体とプレイヤーの肩の間を通過し、黒いクリスタルの中央を正確に破壊した。
キィン!
甲高い音と共に、装置は爆発し、黒い粘液ノイズは急速に収束した。プレイヤーたちは力を失い、その場に崩れ落ちた。
「任務完了です、局長。」星は刀を鞘に収め、美琴へ向き直った。
美琴は、優しく微笑んだ。
「お守りいただき、心より感謝申し上げます、星様、そして……SGMAの局長様。」
美琴の言葉に、祈里たちが驚きの声を上げる。
「え!?局長って、この人、本当にSGMAなの!?」
「あなた方の力によって、この境界線は守られました。どうか、この功績を、あなたの奥様に報告してください。」美琴は、遼司の妻である八千代の名を知っているかのような口ぶりで続けた。
そして、美琴は真剣な表情に戻り、通路の奥に残る黒いノイズを指さした。
「ですが、この任務は、これからが本番です。コアは停止しましたが、このノイズは、旧き教団が残した**『楔』**。この楔を放置すれば、この境界線から、彼らの邪悪な神々の力が現世へと漏れ出すでしょう。」
「では、どうすれば。」星が問うた。
「この楔を、この場で**『浄化』しなければなりません。そのためには、私の権能と、それに協力する『清浄なデジタル・メッシュ』**の力が必要です。」
美琴の言葉が、**緒妻哲人の名を、遼司の脳裏に呼び起こした。彼が作った『Grandchild Mesh』こそ、美琴の言う『清浄なデジタル・メッシュ』**ではないのか。
「ねぇ、みことちゃーん?」
その時、通用口のドアが開き、エプロン姿のオーナー、憂が、あくび混じりの声で入ってきた。彼女は、目の前で黒ローブの男たちが倒れ、消火栓から水が漏れ、ゴミ箱が幻影を放った後の混沌を、まるで見ていないかのように振る舞った。
「もう、お客さんが来る時間なのに、みんな騒々しいわねぇ。**『楔』とか『デジタル・メッシュ』**とか、なんだか難しい抽象的なお話は、お掃除の邪魔だわ。」
憂は、倒れているプレイヤーたちの残骸を、ひょいと跨いだ。
「あのね、美琴ちゃんの言う**『楔』っていうのは、きっと『この世の全ての、面倒くさいこと』のことよ。そして『デジタル・メッシュ』っていうのは、きっと『スマホで見る、可愛いネコちゃんの写真』**のことじゃないかな?」
憂は、いつもの気の抜けた優しい笑顔で、そう結論づけた。
「とにかく、今からカフェのオープン時間。ねぇ、祈里ちゃん、神那ちゃん、沙希ちゃん。早くお掃除しないと、美琴ちゃんの言う通り、境界線が崩壊しちゃうわよー?」
祈里は、ホッと息をついた。
「あ、そっか!憂さんの言う通りだよね!美琴様の話は、いつも難しくて……つまり、お掃除しないとお店が崩壊するってことだよね!」
「まったく、もう。抽象的な表現は困るわね。すぐにモップとバケツを持ってくるわ。」神那も、現実に引き戻されたように頷く。
沙希は、まだ幻影から戻っていない巨大な狸のゴミ箱に怯えながらも、「は、はい……!」と返事をした。
おとぎ前線のメンバーにとって、美琴の真面目な神としての言葉よりも、オーナーである憂の、現実離れした楽天的な誤魔化しの方が、よほど真実味があった。彼らにとって、憂は、ただの**「変わった考えの人間だが、優しいオーナー」**でしかなかったのだ。
遼司は、憂の笑顔の裏に、底知れぬ深淵を感じた。美琴が語った真実の鍵を、この女性は、今、完全に握りつぶしてしまった。
(このオーナー……ただの人間ではない。そして、彼女は全てを知っているのに、あえて、全てを有耶無耶にしている。)
美琴は、憂に全てを任せるかのように静かに微笑み、何も言わなかった。
「さぁ、そこのSGMAのお二人さんも、お客さんになるなら歓迎するわよ?特製パフェがあるから、どうぞ、お掃除が終わるまで待っていてね。」
憂は、そう言って、さっさと通用口の向こうへ消えていった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




