裁きの隙間
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
【警報。対象感知。プレイヤー(信仰者)特定。】
ディテクターの警告音が、歓声に満ちたカフェの雑踏の中で、静かに、しかし決定的に響いた。
星が、祈里を軽く押しやり、即座に監視役のプレイヤーへと視線を向けた。彼は私たちから五メートルほどの距離に立ち、スマートフォン型のデバイスを操作しようとしている。おそらく、店内のシステムを掌握し、地下コアへのアクセスを試みるつもりだろう。
「局長、制圧します。騒ぎは一瞬で終わらせる。」星が私の耳元で囁いた。
「了解した。私が周囲の視線を遮断する。」
星は、その場で腰の日本刀の柄に手をかけた。その動きは、巫女装束の美琴、神那、そして沙希の三人が私たちを注視していることに気づかせないほど、滑らかで静かだった。
監視役のプレイヤーは、デバイスの起動に数秒を要する。その「隙」こそ、星が裁きを下すための時間だった。
キィン。
刀が鞘を滑り出す、極めて短い金属音が鳴った。それは周囲の雑音に紛れて、誰も気づかないほどの小さな音だったが、星の動きは、稲妻のように鋭かった。
星は、その場から一歩も動かず、鞘から一尺(約30センチ)ほど刀を抜き放った。その切っ先は、一瞬でプレイヤーのデバイスを握る右手首を掠めた。
「ぐっ……!」
プレイヤーは呻き声を上げ、デバイスが火花を散らして床に落ちる。彼は反射的に倒れたデバイスを拾おうとしたが、星の抜刀はすでに終わっていた。
「邪悪なるものは、立ち止まれ。」星の声は、カフェの音楽よりも静かだったが、確かな重みを持っていた。
私がその隙に、霊子銃を抜き放った。銃口は監視役の頭上、天井の目立たない位置に設置された監視カメラに向けられる。
パン!
弾丸はカメラのレンズを正確に破壊した。その瞬間、店内の照明が**一瞬だけフリッカー(点滅)**した。
「あれ?システムエラー?」
「ちょっと、今の何?」
プレイヤーたちの視線が、一斉にフリッカーした照明と、床に落ちたデバイス、そして静かに立ち尽くす星に向けられた。一瞬の動揺だ。
このわずかな混乱の隙を、もう一人の店員が作り出した。
「きゃあ!ごめんなさい!」
ドジな祈里が、食器の乗ったトレイを盛大にひっくり返した。カチャカチャという陶器の音と、コーヒーの匂いが広がり、プレイヤーたちの意識は即座にそちらの騒動へと向かう。
「祈里!何やってるの!」副リーダーの神那が、すぐに駆け寄り、冷静に後始末を始める。
その間、星は倒れた監視役の首筋に、鞘の先端を軽く突きつけていた。
「動けば、あなたのデータは永遠に消滅します。立ちなさい。」
星は、抵抗できない監視役の身体を、まるでゴミを引きずるかのように通用口へと連れて行った。私は、祈里の散らかした混乱の中を縫うように、通用口へと向かった。
私が通用口を通り過ぎる直前、美琴と目が合った。彼女は優しく、しかしどこか見透かすような目で私を見つめ、静かに巫女装束の袖を引いた。
(この騒ぎは、私たちとは無関係だと、そう言っているのか。)
彼女は、自分が神の一柱であることを知っている。そして、私たちが彼女の「境界線」を守ろうとしていることを、本能で察しているのだろう。
通用口を抜け、スタッフ専用の通路に入る。星は既に、荷物用エレベーターの前に監視役を無力化して立たせていた。
「局長、ここから地下コアまで一気に降ります。ここが、SAGA SAGAと神々の世界を繋ぐ**『おとぎ前線』**と呼ばれる、境界線の最も薄い部分です。警戒してください。」
エレベーターの扉が開き、私たちは無言で乗り込んだ。星は、念のためにエレベーターのボタンを破壊し、追手が来られないようにした。
エレベーターが降下し始めると、照明が薄暗くなり、壁のデジタルパネルに、佐伯が指摘した**『Grandchild Mesh』**の文字が繰り返し表示されているのを見た。
「星、旧き教団がコアを狙う真の目的はなんだ?」
「彼らは、コアが持つエネルギーによって境界線をこじ開け、太古の神々の権能をデジタル世界へ解き放つことを狙っています。それが成功すれば、世界全体が『混沌の深淵』に引きずり込まれる。彼らにとって、美琴様のような調和の神は邪魔なのです。」
「神々の権能を、デジタル世界へ……」
私の中に、再び感情とは異なる、個人的な責任感が湧き上がってきた。私の孫が作ったシステムが、この世界の真実の境界線となり、今、悪意ある信仰者によって破壊されようとしている。
ガコン!
エレベーターが激しい音を立てて停止した。扉が開くと、そこは、むき出しの配線と、巨大な冷却装置が並ぶ、広大な地下空洞だった。空洞の中央には、青い光を放つ巨大なエネルギーコアが鎮座している。
そして、そのコアの周囲には、既に十数名の黒ローブ姿のプレイヤーが、祭壇のような装置を組み立てていた。
「間に合わなかったか。」
「いいえ、局長。まだ儀式は始まっていません。しかし、敵の数が想定以上です。」
星は、日本刀を構え直した。その瞳には、強い正義の光が宿っている。
「局長は、あのコアを制御するメインパネルを狙ってください。私は、敵を断ちます。」
「分かった。星、決して無理はするな。」
「私の辞書に、『無理』という不純な単語はありません。」
星は、私の返事を待たずに、コアへ向かう階段を駆け上がった。
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。




