遥か遠き場所から贈る祝福の詩(本編最終話)
この第101話で『多分、異世界転生もの。』の物語は最終話となります。
この度は、数ある作品の中からこの物語をお手に取っていただき、誠にありがとうございます。どなたか1人でも、当作品の存在を知っていただけるだけで幸いです。
現実世界。初喜(八千代)が旅立ってから、数年の月日が流れた。 緒妻哲人は、自らが作り上げたシステムの揺りかごの中で、静かに眠りについていた。
その夜、哲人は不思議な夢を見た。
「……哲人。ほら、起きて。遅刻しちゃうわよ」
耳元で囁く懐かしい声に目を開けると、そこには「SAGA SAGA」内にある前線カフェのオーナーとしての服装をした「憂」が立っていた。
…事実、哲人とは年齢は5歳程しか変わらないのに、ここ数年は「娘さんですか?」と良く尋ねられる程、年齢不詳になってきた妻である「憂」…。
成人を迎えたばかりの長女の明来と並んで歩いても、姉妹にしか見えない。哲人が自身よりも大切な愛する唯一無二の女性…。
「……憂さん? ここは……」
「ここはアトランティアのショッピングモール。今日は特別な日なんだから、そんな格好じゃダメよ」
憂は哲人の手を引き、最新のブティックへと連れ込んだ。彼女は楽しげに、光沢のある黒いスーツ、純白のネクタイ、そして磨き抜かれた革靴を選び出していく。
「……憂さん、何があるんだ? 冠婚葬祭用の正装なんて、一体誰の……」
「内緒! 最高のサプライズを準備してるんだから。ほら、シャキッとして!」
哲人は「…夢の中のことだ」と自分に言い聞かせながら、されるがままに着替えを済ませた。鏡に映る自分は、現実の50歳を過ぎた壮年の姿ではなく、どこか凛々しい若き頃の姿をしていた…。
「もう1つの地球」とまで言われる程に拡大拡張された「SAGA SAGA」という仮想現実世界を創造したばかりの30歳代後半位の自分…。
憂に導かれ、たどり着いたのはアトランティアの丘の上に立つ、真っ白な教会だった。 扉が開くと、そこには「SAGA SAGA」で出会った懐かしい面々が勢揃いしていた。
星、ケン太、前線cafeの面々たち、源さんに天王寺一家。 誰もが正装し、満面の笑みで哲人を迎える。
「……何だ、これは……」
困惑する哲人の前に、一人の男が歩み寄ってきた。 仕立ての良いタキシードに身を包んだ凛々しい容姿をした若い男性…。
「……祖父ちゃん」
「よう、哲人。……遅かったじゃねえか、この野郎」
遼司は照れくさそうに笑い、哲人の肩を叩いた。その手の温かさは、夢とは思えないほどリアルだった。
教会の奥から、パイプオルガンの音が響き渡る。 そこに立っていたのは、純白のウェディングドレスを纏った祖母である八千代だった。 幼少期に見せてもらった何十年前の、あの日の写真よりもずっと美しく、輝くような笑顔。
「……哲人君。来てくれたのね」
「……祖母ちゃん。……二人とも、これは……」
「サプライズよ」 憂が哲人の背中を押した。
「30年前、私たちの結婚式は、祖父ちゃんがいなくて寂しい思いをしたでしょう? だから今度は、あっちの世界ではできなかった『最高の結婚式』を、この世界でやり直すの。主役は私達ではなく、義祖父様と義祖母様で!今日は哲人と私の2人が主賓よ!」
遼司と八千代が、並んで祭壇の前に立つ。 哲人は、震える手でカメラを……いや、その光景を脳裏に焼き付けた。
「……誓います。永遠に、彼女を守ることを」
遼司の誓いの言葉は、システム全体を震わせるほど力強かった。 八千代もまた、愛おしそうに遼司を見つめ、「はい」と答えた。
拍手と歓声、そしてデジタルの花吹雪が舞う中、哲人は涙が止まらなかった。 自分が作った世界で、愛する家族が救われ、最高の幸せを掴んでいる。 エンジニアとして、そして孫として、これ以上の報酬はなかった。
「……ありがとう、祖父ちゃん。祖母ちゃん。……幸せにね」
視界が次第に白く染まっていく。 夢の終わり…。遠ざかる意識の中で、遼司の声が聞こえた。
「……次は、現実の将棋盤を用意して待ってるぜ。……ゆっくり来いよ、哲人」
***
現実世界、朝。 哲人は、微かな温もりを感じながら目を覚ました。 頬を伝った涙は、まだ乾いていない。
「……いい夢だったな」
哲人は身体を起こし、机の上にある通信デバイスを開いた。 すると、そこには一通の未読メールが届いていた。 差出人は……「阿武隈探偵事務所」。
中を開くと、そこには一枚の写真が添付されていた。 青空の下、教会を背景に笑う、遼司、八千代の…、あり得ないはずの、けれど最高に幸福な記念写真。
文面には、一言だけ添えられていた。
『追伸:今回の調査費用は、いつかそっちへ行った時に「将棋一局」で支払ってもらう。……それまで、貸しにしといてやるよ。……祖父ちゃんより』
哲人は声を上げて笑い、そしてもう一度、静かに泣いた。
窓の外では、現実の太陽が昇り始めていた。 風に揺れるコスモス。 止まっていた時間が、今はもう怖くない。 いつか訪れる「続き」の日まで、この世界で一生懸命に生きよう…。
哲人はキーボードを叩き、全システムへ向けて、最後の一行を書き加えた。
この一行で「 SAGA SAGA」の世界は若くして「神の如き天才」と世界中で呼ばれるまでに大化けた理工学博士になった長女の明来に全てを託す決心をしている…。
――『物語は、これからも永遠に続いていく…』――
哲人は最後のプロンプトを一行打ち込んだあと「実行」のキーを押した。
アトランティアの街角では、今日も探偵が帽子を直し、秘書が紅茶を淹れている。 物語の終わりは、新しい毎日の始まり。 扉の向こうからは、今日も誰かの「ただいま」という声が聞こえてくる。
(完…多分)
この度は、私の作品を最後までお読みいただき、心より感謝申し上げます。読書のお一人でも、心に響いて頂けましたら幸いです。
◆遥か遠き場所で再会を果たし、仲睦まじい日々を過ごしている事を願って、ここに御二人の追悼と鎮魂の物語を書き記す事を御赦し下さい。
御二人から沢山の無償の愛を贈ってもらった不甲斐ない孫より
拝




