第7話「教育係は、思案する」
「さて、今のうちに洗い物とお掃除でもするか!」
お昼寝を始めたヴィッテを2階のベッドに運び、ぐっすり眠っているのを確認。
1階のキッチンまで降りた私を、スライがぴょんぴょん追いかけてきた。
「あれ、スライどうしたの?」
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>マキリに質問があります。
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「いいよ。何?」
私が手近な椅子に座ると、スライは向かい合うように食卓に飛び乗り、そして文字を表示した。
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>マキリは何者ですか?
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「何者って言われても……別に普通だと思うよ」
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>質問を変えます。
>マキリはヒトですか?
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「えっ、なんでそんなこと聞くの?」
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>マキリが “ヒトらしくない” からです。
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「いやいや何言ってるの、どっからどう見ても人間でしょ」
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>確かに、見た目だけは、ヒトですが……。
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歯切れの悪いスライの返答。
「じゃあいったい、どういうところが人間らしくないの?」
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>知識です。
>マキリは『ギルド便』をはじめ、ヒトであれば当然、有すべき知識がありません。
>それにも関わらず『インターネット』のように、ヒトの社会に普及していない知識を有しています。しかもかつてのマキリの居住地では『インターネット』という仕組みが普及し浸透していたと。
>ですが私の知り得る限り、そのような国や街は存在しません。
>
>虚言の可能性も考慮しました。しかし総合的に判断し、その可能性は無いとの結論に達しました。
>
>他にもヒトとして不自然な点が多数存在します。
>
>
>……マキリは、何者ですか?
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「あ~、そういう意味だったのね……」
ようやくスライの意図が分かってきた。
この世界に来てから3週間。
働いている赤の石窯亭のみんなには「異国から来た」とだけ伝えた状態だ。
隠しているわけじゃない。初日に冒険者が私のことを「異国の菓子職人」と紹介したっきりで、そのあとはプライベートについて話す機会が特に無かっただけ。
そういえば石窯亭以外でも、個人的なことを話せる相手は誰もいないな。まぁそういう相手を作ろうともしてこなかったけど……この世界に来て初めてこういう踏み込んだ話をする相手が『スライム』っていうのは、なんか不思議な感覚かも。
言葉を選びつつ、スライの問いに答える。
「……実は私、違う世界の『日本』っていう国から来たんだよね。そっちだと世界中にインターネットが当たり前に普及してるし、魔術も無いし、こっちの世界と全然違うんだ」
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>成る程、マキリは『世界を渡りし者』のヒトでしたか……道理で。
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何やら納得した様子のスライ。
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>次の質問です。
>マキリが『インターネット』を普及させたい目的は何ですか?
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「う~ん、目的ってほどでもないけど、ネットってあったら便利だから。私の世界だとあるのが当たり前だったし、ネット無しの生活なんて考えられなかったもの」
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>……以上、ですか?
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以上といえば以上なんだけど、そう言われると「なんかひねりだしたほうがいいのかな」って気もしてくる。私がネットを普及させたら何がしたいか……。
「あっ、毎日をもっと楽しみたいかも!」
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>楽しむ事とインターネットの関連性は?
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「私がいた世界だとネット上に色んな情報が膨大にあって、もちろん生活や仕事に必要な情報を探して見ることも多いけど、それだけじゃないんだ」
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>例としては?
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「そうだなぁ……例えばエイバスの街で本を読もうと思っても、まず本が売ってないの。あっても実用書ばかりで、物語とかってほぼ無くて……だけど私のいた世界では、たくさんの人が物語を作ってネット上で公開してるから、ちょっと探せばすぐに色んな作品を買ったり見たりして楽しめたんだ! あとは作品を見て書かれた感想もいっぱい公開されてて、そういうのを見ても楽しいんだよねぇ……もしネットを広められたら、こっちの世界でもそういう楽しみ方ができたらいいなぁって」
スライが黙り込む。
「気は済んだ?」
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>……いえ。もう1つ質問があります。
>マキリはヴィテッロ様のことをどう思っていますか?
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「う~ん……何か、力になりたい、とは思ってる」
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>何故ですか?
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「だって小さい子だよ? それなのにお父さんと死に別れちゃうなんて…………理由とか理屈とか関係なく、なんかしてあげたいって気持ちになった、というか」
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>そうですか……。
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考え込むスライ。
「他に質問あるかな?」
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>……いえ、もうありません。
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2階に戻ろうとするスライを「待って!」と呼び止める。
スライが止まって振り向いた。
「スライとヴィッテちゃんは今夜どこに泊まるの?」
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>未確定です。
>ヴィテッロ様次第ですが、おそらく今夜も街中の道の何処かで眠ることになるでしょう。
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「えっ、まさかの野宿⁈ だったらしばらく家に泊まってかない? どうせ一緒にインターネット作るんだし、野宿よりはいいと思うんだ」
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>
>
>……私は教育係としてヴィテッロ様に従うのみです。
>勝手に判断する権限はありません。
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「そっか。じゃあヴィッテちゃんが起きたら確認してみるね」
スライは無言でうなずく仕草を見せてから、2階へと戻っていった。
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1時間ほど経ったところで、お昼寝から目覚めたヴィッテが大きなあくびとともに降りてきたので、さっそく聞いてみる。
「ヴィッテちゃん、よかったらこのまましばらくうちに泊まってかない?」
「そうねぇ……」
寝ぼけまなこのヴィッテは、部屋の中をぐるっと見渡す。
「……いいわ、とまってあげる。すむぶんには せまいけど、たまには こういうところも しんせんで おもしろそうね!」
そりゃまぁヴィッテが前に住んでたお城に比べたら狭いかもだろうけど、2階建て1LDKは1人暮らしには充分すぎる広さなんだよなぁ……これ以上広くてもお掃除が大変になるだけだし!
こうして我が家に、期間限定の同居人達が増えたのだった。