第43話「大切なもの、守りたいもの(1)」
丸く収まったと思ったのも束の間。
気持ちよさそうに眠るヴィッテを抱きかかえて路地裏区画から帰ろうとした途端、唐突にゴゴゴと地鳴り音が響き渡る。
慌てる私に、スライは「ようやく始まりましたね」と涼し気な顔だった。
「ようやく始まったって……ねぇスライ、この地鳴り音を知ってるの?」
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>勿論、理解しています。
>私は過去に類似事象へ遭遇した経験を有しますから。
>
>当事象は、いわゆる魔物の集団暴走の兆候です。
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「魔物の集団暴走? 何それ?」
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>簡単にいえば、大勢の魔物が暴走し、通常と異なる激しい挙動を見せる事です。
>発生原因は多々考えられますが……今回は、土地に存在する魔力量が極端に高まった事が原因でしょう。
>魔力により肉体を構成される『魔物』という存在は、本能として “濃密な魔力” に引き寄せられ凶暴化する性質を所持し、下位であればあるほどその性質が色濃くなります。
>
>そしてエイバスでは先程、高純度魔力の大量解放が偶発的に行われました。現在この地には、通常では存在しえない量の異質な魔力が漂流している状態です。
>解放された魔力は徐々に周辺地域に拡散され、間もなく街の外へと到達し始める頃合い……周辺の魔物が暴走を開始するのは想定通りです。
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「ちょっと待って⁈ いつもに増して情報量が多くて、どっから突っ込んでいいか分かんないけどさ! えっと、“魔物が暴走する” って、スライとヴィッテちゃんも暴れ出しちゃうわけ?」
混乱した私が頭を整理しつつたずねると、スライはムッとした顔で「有り得ませんね」と即答した。
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>ヴィテッロ様は上位魔物のため、多少の魔力の揺らぎ如きに動じるはずもありません。
>スライムである私は下位魔物ですが、世界で最も高い魔力量を誇った『魔王城』で生まれた身……いわば “下位の最上位” とも言える存在。
>この地の微弱な魔力で生まれた軟弱な魔物共と一緒にされては心外です。奴らは下位の中でも底辺と言える存在ですよ?
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お……おう、なんかごめんよ……!
確かに腕の中のヴィッテは変わらず幸せそうに眠っていて、暴走しそうな気配はない。
とりあえずスライとヴィッテに影響ないってのだけは一安心かも。
「そしたら今回の魔物暴走ってどんな感じなの?」
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>偵察中の分裂体経由の情報では、先程から近隣の数百を超える魔物共が暴走を開始。次々とこの街へ押し寄せ始めました。
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「それやばくない⁈⁈ ていうかスライはなんでさっき “家に帰ろう” 的な提案してきたわけ? 街に魔物の大群が襲ってくるなら、家に帰ってのんびりしてる場合じゃないでしょッ⁈」
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>問題ありません。
>私の推測では、魔物共がマキリの自宅まで押し寄せる確率は限り無く低いと考えます。
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「なんで?」
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>まずこのエイバスの陸側は全て、高く丈夫な石塀で囲まれており、近隣の軟弱な魔物共による破壊はまず無理でしょう。
>よって侵入されるとすれば街の入口となる『正門』のみ。
>
>さらに現在は通報を受けた冒険者ギルドが緊急依頼を発令し、稼働可能な冒険者を全て動員しました。
>遅くとも明朝までには全ての魔物を駆除可能と考えられます。
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「緊急依頼を出したとしても、冒険者ってそんなすぐに集まるもんなの? 地鳴り音がし始めたのってついさっきだよ?」
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>15分前に異変の前兆を察知したのは "正門の守衛” です。
>彼が即座に冒険者ギルドへ連絡した事が、速やかなる緊急依頼の発令に繋がりました。
>なお守衛から冒険者ギルド、冒険者ギルドから各冒険者パーティへの連絡は、全て我々のスラピュータを使用して行われた事により、瞬時なる意思疎通を実現しました。
>
>現在では既に十数名の冒険者が正門前にて魔物との交戦を開始。
>冒険者は続々と正門方面へ向かいつつあり、30分後の交戦者は100名を超すはずです。さらに朝までにはエイバス冒険者の8割が参戦すると予測します。
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なるほど、確かにこういう緊急事態は遠隔通信が輝きやすいな……私たちのスラピュータ計画って、ある意味で回り回って街の平和に繋がってるのかもしれないね!
「でもよかったぁ。冒険者さんたちが守ってくれるなら、私たちも、エイバスの街のみんなも無事に済みそうだもの」
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>それはどうでしょう。
>ヒト共の全員が無事に生存する確率は、限り無く0に近いです。
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……ん?
人の生存確率が、0に近い……?
「そっ……それってつまり “街の人が死んじゃう” ってことじゃないッ!!! ちょっとスライどういうこと⁈ さっきと主張が違うんだけどォッ⁈⁈」
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>いえ。私の主張は一貫していますよ。
>
>現在の状況を総合的に分析すると、冒険者の何割かは確実に死亡する他、正門近辺の一般のヒト共も多少死亡する確率が高いという事。
>そして死亡者は発生するものの、魔物共は正門から離れたマキリの自宅に到達することなく討伐されるという事です。
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「なんでよッ⁈ だってこの街にはギルドマスターとか勇者とか強い人がいっぱいいるのに――」
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>前提として黒髪剣士共を戦力へ加算するのは不可能です。
>既にエイバスを旅立ち、現在この街には存在しません。
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あっ。そういや彼ら、「各地を旅して回ってる」って言ってたな。
じゃあ今回は頼りにできないかぁ……残念。
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>そして確かにダガルガとやらはエイバスのヒト共の中では 強者の部類。
>先程、私の分裂体が彼に救助を要求したのも、その点を加味しての判断です。
>
>しかし彼1人で全魔物の討伐および、他のヒト共の守護は不可能でしょう。
>何故なら彼を除くエイバス冒険者の大半は、彼の戦力に遠く及ばぬ弱者だからです。
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「でも冒険者って筋肉とか迫力とかがすごい人ばっかだし、強いんじゃないの?」
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>強弱という基準は比較により成立するもの。
>私の分析では「エイバスの冒険者の大半は、一般のヒトの中では強者だが、世界の冒険者の中では弱者」と表現するのが妥当です。
>
>現在彼らが交戦するのは “近隣の森に住む脆弱な魔物” のみのため、戦況は安定しています。
>しかし1時間もすれば 討伐対象に “遠方の比較的強力な魔物” が加算予定。さすれば一気に体制が崩れ、多数の死者が発生するのは確実でしょう。
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「そ、そんな……」
……ふと頭に浮かぶのは。
これまで私がお世話になった冒険者のみなさんの顔。
初めて市場調査に出かけた日にあんな迷惑をかけたのに、あの女冒険者4人組はしょうがないなと笑って許してくれた。
何組もの冒険者パーティが座談会依頼を引き受け、真摯に試作品を試してくれたからこそ、より良いシステムを完成できた。
サービス開始後はたくさんの冒険者がスラピュータを導入してくれた。街中では、楽しそうに端末を囲む冒険者の姿が当たり前になったよね。
スライが語るのは残酷な予測。
それがもし事実になったなら、冒険者である彼らや、たまたま正門近くにいる街の人々に死者が出たっておかしくないわけで……。
……いや。
むしろ死者が出ないほうがおかしいのかもしれない。
スライの予測はいつも “膨大な情報” と “割と正確な分析” に裏付けられていて、外れるほうが珍しいのだから。
「エイバスって昨日まではあんなに平和で、あんなに明るい街だったのに……なんかいきなり「魔物の集団暴走」とか「冒険者がいっぱい死ぬかも」とか全然意味わかんないし…………なんで……なんで急にこんな緊急事態になっちゃったんだよッ!」
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>理由は単純。
>ヒト共の自業自得です。
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「自業、自得……?」
顔を強張らせる私とは対照的に、ただひたすら無表情を貫くスライは淡々と言葉を続けた。
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>私は先程「今回の魔物の集団暴走は、土地に存在する魔力量が極端に高まった事が原因で発生した」と説明しました。
>それでは、この地の魔力量が急増したのは、何故でしょうか?
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「いきなり魔力が増えた理由? えっと……」
必死に頭をフル回転させてはみるけど何も浮かばない。
というか「土地の魔力がどうの」とか言われても、話が急すぎて何が何だかさっぱりなんだけど!!
スライは大きく溜息をつき、そしてゆっくり文字を表示した。
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>この度の魔力急増は、ヴィテッロ様が真の御姿へと回帰した事が理由です。
>ヴィテッロ様は、ヒト型を実現し保持するにあたり、膨大な魔力を圧縮し続ける必要があります。よって本来の真の御姿へ回帰した際、副次的にそれまで圧縮されていた濃密な魔力の全てが解放され、周囲へ拡散されるのです。
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「……え? それじゃ魔物の集団暴走が起きたのって私たちのせいなんじゃ――」
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>否!!
>
>ヴィテッロ様が真の御姿へと回帰せざるを得なくなった理由は、元はと言えばヒト共がマキリへ危害を加えた事にあります。
>発端はヴィテッロ様ではなく、この街のヒト共なのです。
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「でも私を誘拐したのは会長たちだよ⁈ エイバスの街の人はだいたい私に優しくしてくれたし、悪いのは一部の人だけであって――」
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>悪しきは弱者です。
>
>何かを守るには、自身が強者であらねばなりません。
>強者なら自身と周囲を守れるはず。守れないのは弱者である自身の責任。
>
>そして私が守るべきはヴィテッロ様と、ヴィテッロ様が大切にするマキリのみ。
>街のヒト共が何名死亡しようが、私の知った事ではありません。
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瞬間、スライがすごく遠くに行ってしまった気がした。
あまりに冷たいその主張が、普段のなんだかんだ面倒見のいいスライと真逆に思えたのだ。
……いや違う。
スライがいたのは、元から私と遠い場所だったんだ。
以前スライに教えてもらった。
魔物は如何なる場面においても強者こそが至高で正義、つまり善悪は強弱で決まるのだと。今のスライの主張は魔物にとってはただの普通でしかないんだろう。
それをふまえれば分からなくはない。
主張はずっと変わっていなかった。
スライにとって大事なものは、いつだってヴィッテだけだったんだから。
じゃあ素直にスライの主張を受け入れられるかというと、私は……私は……。
長い沈黙を断ち切ったのはスライだった。
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>長話が過ぎましたね。
>ヴィテッロ様の為にも、早急なる帰宅を推奨しま――
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「――いやだッ!!」
先に歩み出そうとするスライに向けて、私は反射的に叫んでいた。




