第18話「職人街・袋小路の錠前屋(2)」
引き続きエイバスの職人街の『魔導具工房 袋小路の錠前屋』。
私がテーブルの向かい側に座るや否や、猫の男獣人店員が話を切り出し始めた。
「でさァ、製作したい魔導具の製作法は所持してル?」
「いえ。ざっくりとしたアイデアはあるんですが、まだそのあたりは固まってなくて。まずは何種類か試作品を作ってほしいです。で、良さそうなものができたら量産を検討したいと思ってます」
「量産という事は商売でもするのカ?」
「そんなとこです」
「了解了解、量産歓迎ッ!! ウチは完全受注生産にも強いかラ、大体の希望を教えてくれれバ、世界に1つの魔法錠の設計だッてやッちゃウヨ。どこまで出来るかは時間と予算次第だけド、ウチの信条で “ぼッたくり” は絶対無いかラ安心してくれていいゾ!」
ニカッと歯を見せて笑う獣人店員。
喋りといい笑顔といい、正直うさんくさい気がするんだよなぁ……。
だけどまぁスライがすすめてくれた店だし、他に行きたい店があるわけじゃないし、引き続き話は進めるけどさ。
「それで製作したい魔導具はどんな品だイ?」
「まずはこちらを見てください。ざっくりですがイメージや希望を資料にまとめてきました」
「おッ、気合い入ッてるナ!」
差し出したのは、昨夜作った発注詳細資料。
ぱらぱらとめくったところで獣人店員は首をかしげた。
「スラピュータ……? これはアンタが考えたのカ?」
「えっと、私だけじゃなくて数人でアイデアを出し合ってまとめました」
「なら聞くけド、こノ構造は単品だと “ただの鍵付き密閉容器” だよナ? 何を入れる事を想定した魔導具なんダ?」
はい来たっ、想定通りの質問!
私たちのスラピュータ計画は、『“魔導具内に隠れたスライム” にコンピュータ役を担当してもらい、インターネットを世に広める』というものだ。
そして計画実現で重要なのは『私たち以外の誰にも “スラピュータに魔物が入ってる” と気付かせない』ってこと。
魔導具製作をお願いする工房や職人だって例外じゃない。本当は自分達で魔導具も作れたら良かったんだけど……それはちょっと厳しそうだったんだよね。
だから今回スラピュータを発注するにあたって、昨日のうちにスライと念入りに打ち合わせてきたんだ。その中で今のみたいに「たぶんこの詳細を見せたらこういう質問が返ってくるだろうなぁ」的な質問を色々想定して、回答を考えて。
ここは落ち着いて、想定問答通りの答えを返していこう。
「スラピュータの中には、別の “魔導具” を入れて使おうと思ってます」
「別ノ魔導具とハ?」
「それは企業秘密ってやつです!」
「秘密かァ……」
一瞬、戸惑った顔をする獣人店員。
「……まァしょうがないナ。最低限、製作に必要な情報は教えろヨ?」
それから発注資料を見ながら2人でさらに詳細を詰めた結果、だいたいの方向性は固まった。
獣人店員の男いわく、構造自体はとても単純だから作ること自体は難しくない。ただし単純だからこそ、設計デザイン・使用素材・加工方法などにどれぐらいこだわるかで、費用や製作期間が大きく変わってくるとのことだった。
魔導具を注文するのが初めてな私には分からないことだらけだったけど、そこは獣人店員の男がフォローしてくれた。
例えば私のイメージを固めるために、サンプルとして色んな金属や魔導具を触らせてくれたり、目の前で実際に魔導具を実演して見せてくれたり。
素材や加工の種類についても、それぞれのメリット・デメリットなども丁寧に説明してくれたから、納得してプランを選べたと思う。
予算面もスライと決めた範囲で収まって一安心。こちらの要望を叶えつつ予算に収まるよう、獣人店員が上手く調整してくれたんだ。
あとは数日後の試作品完成を待つばかりだね!
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『魔導具』とは 、魔術が内蔵された道具のことだ。
ただでさえ魔術には色んな術式がある上、同じ術式でもちょっとした調整次第で効果が変わるから、魔導具のバリエーションは無限大らしい。
そして魔術を仕込むという専門技術が必要なわけだから、魔術が内蔵されてない『普通の道具』より高額になるし、作れるのも専門の魔導具職人だけに限られる。
スラピュータの構造上は「スライムさえ隠れられればOK!」だから、一部が透明&中が空洞にさえなっていれば “ただの箱” でも実現可能で、より安く簡単に作れるだろう。
なのにわざわざ “魔導具” として作りたい理由。
それは魔導具のほうが中身を見られにくいからなんだそうだ。
提案者のスライは、特にスラピュータに鍵をかけることにものすごくこだわっていた。この世界には私たちの世界と同じようなアナログ錠も普通に普及しているけど、魔導具の一種である魔法錠のほうが格段に防犯性が高いらしい。
スライが『魔導具工房 袋小路の錠前屋』への発注をやたらと推しまくっていたのも、ここがエイバスで唯一の魔法錠専門工房だからなんだって。