第11話「何はなくとも、まずお金(1)」
私とヴィッテとスライはそれから数日かけて、スライムを隠すための魔導具『スラピュータ(=スライム・コンピュータ)』をどんな形で作り上げるか一生懸命アイデアを出し合った。大きさ、見た目、内部構造などなど。石窯亭での仕事中も暇さえあればスラピュータのことを考えていた。
その結果、私たちは1つの結論に達した。
―― お 金 が 無 い !
調べてみたら、魔導具の製作はけっこうお金かかるっぽいんだよね。
今の私は日々の生活費を稼ぐだけで精一杯。しかもここ最近はヴィッテの食費とかで出費が増えた。それだけならまだ可愛いもんだけど、さすがに魔導具試作に割けるほどの余剰資金はない。
「いい感じのアイデアだけはまとまったんだけどなぁ……肝心の起業資金が無いんじゃ動きようがないって……」
致命的な問題に私は思わず頭を抱えてしまう。
「あら、ないなら うばえば いいじゃない」
「いやいやヴィッテちゃん、平然と物騒なこと言わないでよ! 一方的に奪うのはダメ。欲しいものがあったら、お金とか物とかと交換するのが社会の基本だからね⁈」
「ふ~ん。ヒトの しゃかいって 面倒なのねぇ」
返事とは裏腹に釈然としない表情のヴィッテ。
……君、納得してないでしょ?
「ねぇちょっと教育係。お宅のオヒメサマの教育どうなってんのよ?」
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>仕方のない事です。ヴィテッロ様はこれまで金銭という物に触れた経験がありません。
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「そりゃ王女は買い物とかしなくてよかっただろうけど、そこは教育係であるスライが教えなきゃいけないとこでしょ?」
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>ヒトの金銭に関して魔物の私が教育を行う事は不可能です。
>
>かつて住処を追放された我々は事実上 “無一文” 。
>その後、魔物である私がどのような手段で金銭の獲得・金銭による購入・金銭に関する教育を行う事が可能だと言うのでしょうか?
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「なるほど、そこに繋がるのかぁ。そりゃ難しいよね……」
ヴィッテとスライが我が家に泊まりはじめてから、色々と話をする機会があった。だけど個人的なことを詮索するのもどうかと思うし、あんまり突っ込んだ質問はしてこなかった。
とはいえ「たぶんヴィッテたちはお金が無いんだろうな」というのは薄々感じていた。初対面から私のお菓子強奪してたし。
そして今のスライの発言で、色んな出来事が繋がった気がする。
人間達が魔物に向ける敵意をふまえると。
確かに魔物が働いてお金を稼いだり、お店で買い物したりなんかできるわけないし、お金について教えるってのも無理だと思う。なんでスライムに教育係をまかせたんだ??
まぁとにかく、このままだと子供の教育上よろしくない!
「ヴィッテちゃんには私が教えるしかないな」
そう決意した私は、急きょ “こどもお金教室” を開催することにしたのだった。
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「ヴィッテちゃん、これが “お金” っていうもんだよ」
「わぁ! きらきらしてて きれい!」
私がテーブルの上に並べた硬貨を手に取ったヴィッテは、角度を変えたり、明かりに照らしたりしては目を輝かせてながめている。
この街に来てから紙幣を見たことが無い。
あるのは金貨や銀貨や銅貨といった硬貨だけ。
金属のお金って持ち運びが不便なんだよね。かさばるし、じゃらじゃらうるさいし、ちょっと量があるとすぐ重くなるし。紙のお金って便利だったんだなって今になって実感する。
さてヴィッテはお金に興味を持ってくれたっぽいね。そろそろ説明をはじめるかな。
「あのね、街の中には物を売ってる『お店』っていうのがあるんだ。そこで欲しい物がある場合、この『お金』と交換すると手に入れることができるんだよ。これが “物を買う” ってことなんだ」
「そっか。じゃあ ほしいものが あったら、お金を うばえば かいけつね!」
「奪っちゃダメッ! それただの強盗だから!!」
なんでそうなる……考え方の根本に『奪う』が根付き過ぎじゃない?
「えぇっとね。お金を手に入れる時にも、何かと交換しなきゃいけないんだ」
「ん?? それじゃ お金を てにいれるために 交換するモノは、どうやって てにいれればいいの?」
「いい質問だね! 物じゃなくて、『相手が必要としていることを行う』っていう行動でも、その対価としてお金を手に入れることができるんだ。これが『働く』とか『お仕事をする』とかってこと。ほら、私が朝からお外に出かける日があるでしょ? あれは働いて、そのぶんのお金をもらって、毎日のごはんやおやつの材料を買ってるんだよ」
「へ~、あたしも はたらいてみたいわ! どうすれば はたらけるの?」
「私の場合は得意なお菓子作りを活かして働いてる。ヴィッテちゃんは得意なことあるかな? もし何かあれば、それを活かせるお仕事をするのがいいと思うよ」
ヴィッテは「そうねぇ……」と考え始める。
まぁ彼女の場合は幼いから雇ってくれる職場はないと思うけど……最初は家の中で得意なことを活かしたお手伝いをやってもらって、私がささやかなお小遣いをあげる形で『お金』について知ってもらえばいいだろう。
しばらくうんうん悩んでいたヴィッテだったが、どうやら思い当たるものがなかったらしく、隣のスライのほうを向いた。
「ねぇ スライ、あたしが とくいなことって なにかしら?」
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>通常のヒトを基準に比較した場合、ヴィテッロ様の特性は、“卓越した身体能力” にあるでしょう。
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「え、待って。卓越した身体能力ってどういうこと?」
予想外の答えに私は身を乗り出した。
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>ヴィテッロ様の攻撃力や防御力は、一般的なヒトの能力よりも非常に高く優れています。一般的な魔物と比較しても、相当高い水準ではないでしょうか。
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攻撃力とか防御力とかってゲームみたいな表現だな。
「ってか人間はともかく、なんで魔物と比べるの? まさかヴィッテちゃんが魔物と戦っても勝てるってこと? そんなことあるわけ――」
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>その通りです。
>この近隣に限定した場合、戦闘においてヴィテッロ様に勝利できる魔物は存在しません。
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「……は?」
理解を超えた情報に、私の思考回路がフリーズした。