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過去と未来のSA食堂 

作者: じんゆー



───午前3時───


暗闇の中、街灯の光が時折差し込んでくる。


時速110キロで走る車内は静かな夜の風景とは異なり、怒号が飛んでいた。


「こんな初歩的なミスをするな!なんべん言ったらわかるんだよこの役立たずッ!!」


「す、すす、すみませんっ!!…でも…もう何日もろくに寝れてなくて…社長だってもう7徹目…」

「なんだ…言い訳か?ろくに寝れてねぇのはこっちの方なんだよ!朝までに直しとけっ!」

画面が割れてしまわぬようナビの通話終了ボタンを優しく押し、その反動と言わんばかりに力いっぱいハンドルを叩いた。

「くそ…くそくそくそくそっ!なんであんなことも出来ねぇんだっ!俺が悪いのか?!あぁ?!」


長いトンネルに入り、ライトに断続的に照らされる。

エナジードリンクの空き瓶山と共に助席に置かれていたスマホには、太文字で『若き社長、停滞の一途を辿る。』と見出しに書かれたニュース記事。イラついてそのまま投げたが運転中ちらちら見えて余計に腹が立ってしまった。



「このままじゃ…一番になれねぇ…。」



突然、空腹感が襲ってきた。

徹夜の話をされ睡眠欲が爆発していたが、自分の腹の音からして食欲も負けていないらしい。


(何も食わずに昨日から訪問してたからな…コンビニにでも行って軽く済ませるか。)

そう思い運転を続ける…が、なかなかトンネルから抜けられない。

(何だこのトンネル、俺は疲れてるのか…。)


昔は好きだった。両親と妹、4人家族で祖母の家へ旅行に行くのが年に2回の決まり事だった。

トンネルは魔法の入り口に思えた。つぎ出たら、俺はどんな景色が見られるのだろう。緑が生い茂る大きな山々か、はたまた一面見渡す限りの光り輝く海なのか。楽しみで楽しみで、そんな景色を一番に見られる運転手の父親が羨ましくてたまらなかった。


だが今はどうだ、想像するのは目的地にいる取引先の顔ばかり。揃いも揃って自分を未熟者だとあしらい話の1つも聞いてもらえない。


現実はとても厳しい。理解してたとはいえ、もう昔のようにワクワクするようなものではなくなっていたのだ。


(何でだろう。昔から俺は何も、変わっちゃいないはずなのに。)


そんなことを考えているとトンネルは終わりを迎えた。疲労を意識したせいで休憩はもはや必須の状態になっていた。幸い、抜けたあとすぐにSAがあった。

かなりの深夜だったが、駐車場には1台車が止まっていた。実家の車に似ていたため最近帰れてないが家族は元気かなどと思い返す。


「はは、今日はやけに家族を思い出しちまうな。」


建物に近い場所に止め、車をおりると、違和感を感じた。


「…ん?なんだここ…。」


普通のSAのようにコンビニとお土産が買える店らしき建物はあるが人や電気はおろか中が見えない状態になっている。

電気が着いているのは奥の方、ぽつんと1軒、暖色のあかりがついている食堂があった。

扉の上には大きく「夢食堂」と書かれた看板があった。


睡眠欲と食欲が頭の中で大喧嘩しており、深く考えるのはやめてドアを開けて入ってみた。

その瞬間、店内から温かい雰囲気と懐かしい匂い。なんだか感じただけで体がほっとするような感触が全身を駆け巡った。


入り口で少し動けなくなり、この気持ちが何なのか、頭で何とか整理をしようとする。


「いらっしゃい!あなたの席はこっちよ♪」


そんな隙は与えないと言わんばかりに割烹着を着た少女が手を引いてきた。

「い、いや。予約なんかしてないんだが…。たしかになんだか懐かしい感じもするがこの店は初めて来たんだ。」


流石にこんな子供相手に高圧的な態度は取れない!社会人として疲労しきった表情筋を何とか動かし笑顔で問いかけた。

そんな努力を微塵も感じていないのか、ケロッとした表情で、三角筋からはみ出したおさげを振りながら振り返る。


碧峯青薔へきみね あおば24歳。長男、好きな物はカレーとお肉。」


「へ?!なんで俺の名前知ってんだお前?!」


「ご予約されたお客さまの事はしっかり覚えてないとパパに怒られちゃうもの♪これもホールのつとめよ!」


ニコッとウインクをした後、お座りください♪と椅子を引かれ納得がいかないままカウンター席に着いた。


「でも、人のお名前聞いておいて私たちが言わないのも失礼ね!私モシュネ!で、こっちが店主のパパ!」


カウンターの前、キッチンから現れたのはスキンヘッドにサングラス、体格が大きいの3点セットを兼ね備えた男だった。

「…漠山…透です。いらっしゃい。」


「ど、どうも…。」

威圧感に圧倒されながらモシュネが持ってきたお冷を飲み、メニュー表を取り出す。

「じ、じゃあどれにしようかな〜。昨日から何も食べてないからお腹すいてるんですよねぇ〜。」

焦るな!俺!別に今から取って食われるわけでもあるまいし!


「…お客さんは予約済みですよ。」

そういいながら奥で透はエプロンを付け直す。

「い、いやだから!僕は何も…」

そう言いかけた時、香ってきたのはたしかに嗅いだことのある。懐かしい匂いだった。


豚肉に包丁を入れ、塩胡椒で下味、小麦粉、卵、パン粉に付け熱々の油へ優しく入れる。

カラッと狐色に上がったトンカツはザクザクと心地の良い音を鳴らしたあと、ホッカホカのご飯と先程香ってきた懐かしいカレーの上に乗せられ目の前に置かれた。


「…トンカツカレーです。どうぞ、覚めないうちに。」


白い湯気が立ち込めるのは出来立ての証拠、自分で頼んでないことなんかさっぱり忘れていた。


「…いただきます。」


トンカツはスプーンで崩れるほど柔らかく、ザクッと音は残したまま。カレーライスと共に口に頬張る。


(普通のカツカレー、特別なことなんかしてない…なのに、なんで、こんなに上手いんだ…。)


思わず目を閉じ涙を流してしまうほど、自分の体はこのカツカレーを欲していた。



「あっ!おっさんもカツカレー好きなのか!」



余韻に浸っていると横から知らない少年が指を刺してこちらを見ていた。


「やっぱうめぇもんなあカツカレー!いちばんだよな!」


「こらやめないか!食事の邪魔になるだろ!すみませんねぇお兄さん。」


後ろから大人の声が聞こえてきた。そういえば真後ろにはテーブル席が置いてあったな。家族連れか。


「いやぁ、大丈夫です…よ………?!」

後ろを振り向き顔を見て気付いた。


「…親父?!」


そこには久しく会っていない父親の顔…にしては若すぎる男が座っていた。奥には同じく自分の親にしては若すぎる母親、幼い子供がいた。

「なぁなぁおっさん!おっさんはしごと何やってんだ?」


おっさん言うな!とまた父親に怒られる少年。

「悪いねぇ、この子人に興味持ったらなかなか離れなくって。」


申し訳なさそうにする若い父親を見てこれは現実なのかなんなのか混乱してきたので一度少年と話をしようと横を向いた。


「あ、あぁ俺はな。自分の会社で働いてるんだ。」

「え?!おっさんしゃちょーなのか?!すげぇ!!」

「まぁそう言うことになるな。これでもおっさん業界1番なんだぜ。」

少年相手に見栄を張ってしまった。実際は僅差で順位は変動している。絶賛低迷期中だ。

「すげぇ!!!オレも夢はしゃちょーなんだよ!いちばんのしゃちょーになるのがゆめなんだ!」


目を輝かせて言う少年は止まらず喋り続けた。


「いちばんっていうのはいちばんえらいってだけじゃねぇーんだ!しゃいんのことをいちばんかんがえて、みんなでたすけあうかいしゃをつくるのがいちばんのしゃちょーにオレはなるんだ!」


「…!」

ハッとした、なんでこんな14、5も離れた子供に正解を突きつけられなきゃいけないんだ…。


「…俺は、そんな社長にはなれてないや。」

さっきもそうだ。部下に怒鳴り、自分の努力を人に押し付けていた。俺は…。


「なにいってんだおっさん?じんせーやまありたにありだぞ!」

「何でそんな言葉しってんの…。」

「やまありたにあり、そしでどこからでもひはのぼる!ってとーさんがいってた!」


輝きを増す少年の目は痛いほど刺さり、言葉はそれ以上に心に刺さった。


涙が、止まらなかった。


「ほらさっきまで寝てて元気なのは分かったから、そろそろ帰るぞ。夢の話はまた今度な。」

父親に抱き抱えられじゃーなと手を振る少年。

「…話を聞いていた、なぜだかわからないが、君なら大丈夫。そう思ったぞ、社長さん。」

そう言い残し店を出て行った父親の背中を、溢れ続ける涙を拭きながら見送る。

「ありがとう…ございます…。」





瞬間、目が覚めた。目の前には空になった皿、満腹の腹。どうやら食べ終わってから寝てしまったらしい。


「悪い店主!飯食った後すぐ寝るなんて子供じゃあるまいし…。」

「…いいんですよ。いい夢を見ていたようで。顔色が良くなった。」

差し出してくれたハンカチで目元を拭く。


「すごく美味しかった!会計を頼む!キャッシュレスは対応してるだろうか!」

腐っても社長だとブラックカードを財布から出そうと鞄を漁る。

「いえ、代金は既に頂いております。」

と店のドアを開けながら透は言う。

「新たな未来です。」


   なる…ほど…?

「…いやいやいや何言ってるの店主。対応してないなら現金も持ってるから大丈夫…」

「セイ!」

「どぅわあ!」

掛け声と共にモシュネはドロップキックをかました。その勢いのまま店から出てしまった。

「ありがとうございました♪」

モシュネの声が聞こえ、店の扉は閉まってしまった。


「何だよもう…何が何だか…。」

転んだ膝を叩き、ヨレたスーツを治す。

襟を立て直し、振り返るとそこには、あったはずの扉は壁に、「夢食堂」の看板はなくなっていた。

たしかに残っているのは満腹で満たされた腹と、何か他のもので満たされた心だけであった。


「…もしもし?」

「もしもし!村田です!先程の資料作り直しました!今メールで送ったので…。」

「あぁ、ありがとう。あと、さっきは悪かった。俺もお前も寝不足だな。すこし取引の量を減らそう。」

「え…いや、だ、大丈夫です!俺らがんばれまますから!」

「いや、違う違う。…業績に拘りすぎて、お前らのこと、よく考えられていなかった。」

「し、社長…っ!」

「よし!みんなでなんか上手いもんでも食うか!村田はイクラ、佐藤はステーキ、吉岡はショートケーキが好きなんだよな!全部俺が買ってやる!」

「えぇ?!どうして覚えてくれてるんですか?!」

「んなもん当たり前だろぉ!俺は一番の社長なんだよ。社員の好物ぐらい覚えてて当然だろ!」

「社長、吉岡さんがキモいって言ってます。」

「吉岡ぁ!」


ーーー1話 終わりーーー


読んでいただきありがとうございます!じんゆーです!

スマホに溜まりに溜まり、行き場を失った作品をどうせならと初投稿させていただきました。小さい頃、旅行の帰りで渋滞に巻き込まれて夜ご飯が夜中になっちゃった!とかありませんでした?笑

実際に僕は何度かありましたし、この作品に出てくる「夢食堂」のモデルは実在します。ただ、なにぶん小さい頃だったので「行ってご飯を食べながら寝てしまった」と言うことしか覚えておりません。

もう一度行きたいなぁと思いながらこの作品を書かせていただきました。続きと言うよりこの作品は一つずつで区切りがあり、1話で一人の人生が完結するので続編という形になるかは分かりませんが気が向いたら載せようと思います!それではいい夢を!

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