90:我慢しないと決めたので
よほど心配しているのか、小兄様は私を屋敷の玄関まできっちり送り届けてくれた。
その後小兄様はすぐに帰ってしまったけれど、残された私は大変だった。何せ今日、私が告白する事はお母様やお義姉様方も知っていたから、一人でこんなに早く帰ってきた事で質問攻めにあったのよ。
告白の結果をすぐに知りたいからと、中義姉様までお茶を飲みに屋敷へ来ていたようで、三人に囲まれた私は洗いざらい話すしかなかった。
「緊急の依頼なら仕方ないけれど、エルメリーゼが行けないだなんて」
「リュケルは頑固な所があるからなぁ。あの子ももう少し融通が利けばいいんだが」
「ですがお義母様、それもこれもイルネオ様のせいですわ。あの方は困った事しかなさらないわね」
ギルド長直々に頼まれて、ラルクが出かける事になったこと。それに私も同行しようとしたら小兄様に止められた事などを、私は話せる範囲で話した。
城で盗みがあった事を、お母様たちはまだ知らないのよね。機密性の高い事柄だから、お父様たちの帰宅が遅れているのは、騎士団の仕事で忙しいからとしか伝えられていない。
小兄様が私とラルクに教えてくれたのは、イルネオが絡んでいたからだ。小兄様にとって、ラルクは私の護衛という感覚なのだと思う。
だからお母様たちはイルネオが犯人として追われているという話も知らないのだけれど、公爵領から逃げ出しているという事だけは明かさせてもらった。
そうしないと小兄様に止められた理由を話せないもの。この点については、きちんと小兄様からも許可をもらっている。
大義姉様とお母様は憤ってくれて、中義姉様は深いため息を漏らした。
私はといえば、話した事で燻っていた気持ちがほんの少し楽になった気がした。
「お母様、お義姉様方もありがとう。せっかく色々手伝って頂いたのにごめんなさい」
「あなたのせいじゃないもの、いいのよ。それは」
「それより、エルメリーゼはこのままでいいの?」
「もちろん残念だけれど、どうしようもないから。ラルクが帰ってきたら、今度こそ気持ちを伝えたいと思ってるわ」
大義姉様は柔らかく微笑んでくれて、中義姉様は心配そうに問いかけてくれた。
このままでいいかと聞かれたら、正直良くはない。気合いを入れて準備したのに全て台無しになってしまったから、その分だけ疲労も大きく感じている。
それでも受け入れるしかないから力なく頷くと、お母様がじっと見つめて来た。
「エルメリーゼ。もしお前が行きたいなら、私は止めないよ」
「お母様……?」
「その場所は北の霊峰なんだろう? いくらイルネオが逃げてるといっても、さすがにそんな所までは行かないだろう。公爵領を通らないと行けないわけだし」
「あ……」
うっかりしていたけれど、確かにお母様の言う通りだった。
イルネオが逃げ出したファンゼン公爵領は、王都と北の霊峰の間にあるから、イルネオが霊峰まで逃げてる可能性はとても低いのよね。
「それにラルクス君だっているんだ。リュケルは止めたようだが、私は行っても構わないと思うよ」
「そうよ、エルメリーゼ! それにあなただって、二級の強い冒険者なのでしょう?」
「行きたいなら行くべきよ。一緒に過ごす時間が長いほど相手に意識してもらえるでしょうし、告白も成功すると思うもの。私も応援するわ!」
穏やかに話すお母様に、大義姉様と中義姉様まで背中を押してくれる。
小兄様は本気で心配していたし、ラルクにも待ってるよう言われたけれど、追いかけてもいいのかしら。迷っていると、お母様はフッと笑った。
「どうせしばらくはリュケルも城に泊まり込みだろうが、もし帰ってきても私から上手く言っておくよ。今までずっと我慢してばかりだったんだ。好きなように動いたっていいんじゃないか」
そうよ。婚約破棄されて、ようやく自由になれたんだもの。ここまで来て、またイルネオのせいで我慢しなくちゃいけないなんて、そんなのは嫌過ぎるわ。
「お母様……私、行きたい。ラルクと一緒にいたい」
「ああ、そうすればいい。あんな良い男なんだ、しっかり捕まえておかないとね」
「よく言ったわ、エルメリーゼ!」
「それなら早く準備をしましょう!」
お母様が励ますように背中を叩いてくれて、中義姉様と大義姉様が張り切った様子でベルを鳴らし使用人を呼び出した。
勝手について行ったらラルクに怒られるかもしれないけれど、現地まで行ってしまえば追い返されはしないだろう。
改めて気合いを入れ直して、長く出かけられるよう食材や着替えの支度をしていく。
ラルクが向かった詳しい場所は分からないけれど、霊峰の麓にある大森林まで行けば、空を飛ぶうちに出会えるだろう。また道に迷わないように地図も用意して、道をお母様に書き込んでもらう。
全ての準備が終わる頃にはもう夜だったけれど、小兄様に告げ口をする使用人がいないとも限らないから、闇に紛れてこっそり出かける事にした。
「エルメリーゼ、北はあっちだからね」
「城には結界があるそうだから、迂回して行くのよ」
「もし道に迷ったら、すぐに誰かに聞くのよ。絶対に勘で飛ばないようにね」
「ありがとう、みんな。行ってきます!」
頼れる女の先輩方に背中を押されて、笑顔を浮かべる。必ずラルクと合流して、ラルクのそばに私が必要だと思わせてみせるわ。
お母様と大義姉様、わざわざ泊まってまで見送ってくれた中義姉様にも別れを告げて、私は自室のベランダから空へ飛んだ。




