88:ドキドキワクワクの告白デート、だったはずが
小兄様が帰った後、依頼と告白のためのデートをどうやって組み合わせようかと、考えていて閃いた。久しぶりに採集系の依頼を受けるというのはどうかしら?
目的の丘の近くで採れる薬草などの依頼を受ければ、ピクニック気分で行けるかもしれない。お昼も用意して行けば、のんびり出来るわよね。
というわけでその翌日は朝から身支度をしっかりと整えて、事前に頼んでいた昼食を厨房から受け取った。
こういう時、収納魔法は本当に便利よね。時間が経過しないから、温かい物は温かいままで持ち運べるもの。もちろんそれを料理人は知らないから、普通の魔法の鞄に入れられるように冷めても美味しい料理にしてくれたけれどね。
全ての準備を終えて、ラルクが泊まっている客室まで迎えに行く。今日着ているのは、もちろん大義姉様から頂いた新しい服だ。ラルクに気に入ってもらえるか、ドキドキしながら扉を叩いた。
「ラルク、お待たせ。準備が出来たから、行きましょう」
「おう、行くか。……お前、その服」
「どう? 似合うかしら?」
ふふふ。いつもと違う私を見て、ラルクったら驚いているわ。
上がった気分のまま微笑みを浮かべ、スカートの裾を摘んでくるりと回る。中義姉様から、少し小首を傾げて上目遣いで見つめると男性は喜ぶと教えられたので、忘れずにそれもしてみた。
するとラルクは一瞬だけ頬を赤らめたけれど、すぐにムッと眉根を寄せてしまった。
「前の服はどうした?」
「もちろんあるけれど、新しくしてみたの。ダメだった? 付与されてる魔法も、前より強い物になってるんだけど」
「いや、ダメではないが……。不満があるなら早く言えよ。ちゃんとしたのが欲しけりゃ、俺が見繕ってやったのに」
「別に不満だったわけじゃないわ。ただ、大義姉様が贈ってくれたのよ」
「……家族からなら仕方ないか」
中義姉様の教えはうまくいったみたいなのに、どうして不機嫌になったのかしら。説明しても、まだラルクの眉間には皺が寄ったままだ。
何が不服なのか分からないけれど、ラルクは小さくため息を漏らした。
「まあ、似合ってるんじゃないか?」
「それ、適当に言ってない?」
「本心だ。俺から離れるなよ」
「分かってるわよ」
一応は褒めてくれたけれど、ラルクの好みじゃなかったという事かしら。可愛いと思ったのに。
ラルク好みの服にするには、やっぱり直接選んでもらうしかないのかも。
「ねえ、ラルク。今度買い物に付き合ってくれる? どんな服がいいか選ぶのを手伝ってよ」
「それで気に入ってるんじゃないのか?」
「可愛いとは思うけれど、他のもあっていいじゃない?」
「……今はお前の兄貴がうるさいだろうから、そのうちな」
ラルクはさっさと歩き出してしまったけれど、チラリと見えた横顔には僅かに笑みが浮かんでいた。
もしかしてラルクって買い物が好きなのかしら。男の人なのに珍しいわね。まあ何にせよ、不機嫌さがなくなったから良かったわ。
そうして屋敷を出た私たちは、馬車を使わずに歩いて冒険者ギルドへ向かった。私とラルク二人だけなんだもの。のんびりと朝の街を歩きたかったのよ。
お喋りを楽しみつつ冒険者ギルドへたどり着いた頃には、朝一番のピークは過ぎた時間帯だった。けれど、王都のギルドは抱える冒険者の数も多い。そのせいか、これから依頼を受けようとする冒険者たちでまだ中はいっぱいだった。
アルターレの冒険者は人族しかいないけれど、全員が魔法で戦うわけじゃない。魔力量には個人差があるし、魔法が不得手な人もいるから、剣士や弓使いもたくさんいる。
そんな彼らは人族にしては大柄な人が多いし、しっかり鍛えているだけあって体の厚みも素晴らしい。朝だというのに熱気がすごいから、一般人は入るのに躊躇してしまうだろう。
そんな中でも、ラルクは混雑を物ともせずにスイスイと通っていく。
獣人やハーフがいたフルムの町だと、ラルクは平均的な身長だったけれど、人族しかいない王都では長身の部類なのよね。周囲より高めの目線からは空いている場所がよく見えるらしい。
だからか、こういう時は有無を言わさずにラルクは私と手を繋ぐ。少しドキドキしたけれど、おかげで私も楽に通る事が出来た。
「で、どれを受ける気なんだ?」
「今日は採集依頼にしようと思うんだけれど、ちょっと待ってね」
「地図か? ……なんだ、この印は?」
依頼を張り出している掲示板の前で、私は地図を取り出した。王都の東側に丘があるのは分かってるけれど、地名はうろ覚えなのよ。
すると私の手元を覗いてきたラルクが、地図の一点を指してきた。私が間違えないように、中義姉様が丘の場所を書いてくれていたのよ。もうこの際だから、それとなく話してしまおうかしら。
「ここはすごく景色が良い丘らしいわ。行ってみたいと思って印をつけていたの」
「へえ、景色か。お前もそういうのに興味あったんだな」
「あるに決まってるでしょう⁉︎ 失礼ね!」
揶揄うように言ったラルクについ言い返してしまったけれど、そうじゃなかった。今日は告白するんだから、喧嘩はなしよ、なし!
「ねえ、ラルク。この近くに行ける依頼を受けない?」
「それでついでにこの丘に行く気か?」
「ダメかしら?」
「……いいんじゃないか」
朝に効果のあった、中義姉様直伝の小首を傾げる仕草をここでもやってみたら効果抜群だったみたい。ラルクはほんのり頬を赤らめたまま、大人しく依頼を探し始めてくれた。
これって照れてるって事よね? 意識してもらえてるんだわ!
「なら、これでいいだろう」
「良さそうね。じゃあ、それにしましょう」
ラルクが選んでくれた依頼票を持って受付の列に並ぶ。この調子なら、きっと告白も上手くいくわよね。だって照れてくれていたんだもの!
そう手応えを感じて、告白に向けて気合いを入れていたのだけれど。何の因果か、話はそう上手くは進まなかった。
「ラルクスさんじゃないか! ちょうどいいところに!」
「ギルマスか?」
ドラゴン討伐の時に会った王都のギルド長が、慌てた様子で階段を駆け降りてきた。何かあったようで、緊張したように顔が強張っている。
そんなギルド長から「悪いが、少し時間をくれ」と言われて、私たちは有無を言わさずにギルド長室へ連れて行かれてしまった。
告白デートの予定だったのに、一体何があったの⁉︎




