8:色々出来ちゃうエルフ族が羨ましい
心を半分飛ばしながらやったのが良かったのかしら。町へ続く街道の森に入り、野宿の準備を始める頃には、口を塞いでいたラルクの魔力を相殺する事が出来た。
体全体ではなく一部に集中して加減するのがこんなに大変だなんて思わなかったわ。意識せずに意識するっていう感覚は掴めたから、きっともう大丈夫だとは思う。
すぐそばに川が流れているそうで、ウルとキャティは水汲みがてら魚を獲りに行った。私はさすがに色々と疲れてしまって、倒木に腰を下ろし夕暮れ色に染まる空をぼんやりと眺める。
すると拾い集めた薪を組んだラルクが、不意に振り返った。
「エル、焚き火に火を着けてみな」
「いいの?」
「さっきの感覚を忘れなければ出来るはずだ。それに結界を張るからな。失敗したらお前は焼けるが、森に火は及ばない」
「……絶対失敗なんてしないわよ」
揶揄うように言ったラルクにムッとして返せば、愉快げに笑われた。
一々腹が立つけれど、この半日付き合った事でラルクは何だかんだ言いつつも面倒見が良い人だと分かっている。もし私が失敗しても、きっと私にも結界を張ってくれるでしょう。
そう思うと、変に気負う事なく火魔法を使う事が出来た。今朝一人で火起こしをした時は、川がなければ火事を起こしていたかもしれなかったのに、すごい進歩だわ。
「上手く出来たじゃないか」
「当たり前よ。あれだけ頑張ったんだから。……色々教えてくれてありがとう」
褒められたから嬉しいんじゃなくて、これは出来る事が増えたから嬉しいだけよ。
それでもこれはラルクが教えてくれたおかげだから、お礼を言った。それなのに……。
「へえ。礼も言えるんだな」
「言えるわよ! 私を何だと思ってるのよ!」
「突然空から来たお子様みたいな女」
「お子様は余計よ!」
「そうか? その服も似合ってるぞ」
「そんなこと言われても嬉しくないわよ!」
もうっ! 私を怒らせておいて、またクスクス笑って! やっぱりラルクって意地悪だわ!
そこへ、キャティとウルが戻ってきた。ウルは水が入ってるのだろう鍋とは別に、魚を何匹かぶら下げてるけれど……キャティは何を抱えているのかしら?
「ただいまー! たくさんとれたよ!」
「エルちゃん、ラルクとずいぶん仲良くなったんだね。安心したよ」
「仲良くなんかしてないわよ! それよりキャティ、それは?」
「キノコだよ。あと食べられる野草も見つけたから、摘んできたの」
わあ、すごい。大きなキノコがたくさんある。これは料理のしがいがありそうだわ。
「じゃあ美味しいスープを作るわね!」
張り切ってキノコを受け取ると、キャティが不思議そうに首を傾げた。
「エルちゃん、料理作れるの?」
「出来るわよ。塩さえあれば」
「わあ、すごいね! あたしお料理は下手なんだぁ」
自慢じゃないけれど、お父様たちと一緒に訓練代わりのキャンプは何回もしたもの。料理が出来るから、森で暮らそうとも思えたのよ。
胸を張って言うと、キャティはキラキラとした瞳で見てきた。ウルが笑ってラルクに目を向けた。
「そうだよね、塩は必要だよね。ラルク、出してあげて」
「本当に任せる気か?」
「やりたいって言ってくれてるんだし、頼んでみたらいいじゃないか」
ラルクは渋っていたけれど、いくつも小瓶を出してくれた。……って、どこから出してるの⁉︎
「えっ、それどうやって出したの⁉︎」
「何って、マギアバッグの元にもなってる収納魔法だよ。まさかお前、これも出来ないのか?」
「……出来ないわよ。悪かったわね」
マギアバッグは、収納空間を広げる特殊な魔法陣を組み込んだ鞄の事だ。その魔法陣は秘匿されているから作れる職人も限られていて高価なのだけれど、さすがというかウルとキャティはポーチ型のそれを腰に着けている。
驚いてしまったけれど、ラルクは魔法の得意なエルフ族だから簡単に出来るのかもしれない。それにしても、なぜ私なら出来ると思ったのかしら?
「もしかして私も覚えられるの?」
「魔力量が鍵だからな。やろうと思えば出来るだろう。ただ、もっと魔力コントロールを磨かないとしまった物が潰れるが」
「……もっと頑張るわ」
私も王国にいた時は自分のマギアバッグを持っていたけれど、残念ながら今は手元にない。だから出来る事なら覚えたいのに……絶対いつか教えてもらうんだから!
まあでもそんな事より、まずはご飯よ。味のない魚を朝に食べたきりだから、お腹がペコペコなのよね。
とりあえず塩を受け取って、ウルが獲ってきた魚とキャティが見つけてきたキノコと野草を使ってスープを作る。魚は下処理をしてから骨ごとぶつ切りにして、キノコと野草も鍋に入れて煮込み、塩を入れれば出来上がり!
「エルちゃんすごいね! 美味しそう!」
「ずいぶん豪快だね……」
「おい、まさかこれで完成とか言わないよな?」
「完成だけど? 何か問題でもある?」
キャティは目を輝かせてくれたけれど、ウルとラルクは頬を引き攣らせていた。良い匂いだと思うし、味だって……うん。悪くはないわよ。ちゃんと食べられる味になってるわ。やっぱり塩は偉大よ!
「おい、俺にも味見させろ」
「いいわよ、はい」
ラルクにも一口渡すと、顔を顰めて私が使わなかった小瓶を手にした。
「悪いが少し手を加えさせてもらうぞ」
「え? あっ、ちょっとラルク!」
塩以外の小瓶には、よく分からない乾燥した葉っぱが色々入ってたのよね。野草があるから葉物はもういらないと思って手を出さなかったのだけれど……。
あら? 何だかスープの匂いがもっと美味しそうになってる?
「これでいいだろう。ほら、食べてみろ」
「……美味しい」
嘘でしょう⁉︎ あの謎の葉っぱを入れるとこんなに美味しくなるの⁉︎ やっぱりエルフ族は森の民だから、そういう事も詳しいのかしら。
でもそれなら、もっとたくさん入れたらさらに美味しくなるんじゃない?
「おい、やめておけ。ハーブは入れすぎても良くならない」
「ハーブ?」
「お前、ハーブも知らないのか……」
「別に良いじゃない! ちゃんと食べられるものは作れるんだから!」
ムッとして言い返すと、ラルクは呆れたような目で私を見てきた。そもそも料理なんて貴族令嬢は自分でしないのよ。料理人がやってくれるんだから、食べられる物を作れるだけで充分すごい事なの。
だからそんな目で見られる謂れはないのに、失礼しちゃうわ! まあ、私が伯爵令嬢だったなんてラルクは知らないわけだから、仕方ないけれど。
でもウルは何だかホッとした様子でスープを口にして微笑んでるし、キャティもニコニコ笑顔だ。悔しいけれど、ラルクのスープの方が美味しいのは私も分かる。
私だって、ハーブとやらを使いこなせるようになればいいんでしょう⁉︎ こうなったら、町に着くまでの間にラルクの持ってる技を色々盗んでやるんだから! 見てなさいよね!