75:エルフの秘策
ラルクが話した策は、確かに強引と言えるとんでもないものだった。
事前に殿下から頼まれていた通り、濃い瘴気をどうにかしないと討伐出来ないため浄化は必須だ。
けれどあのドラゴンの数では、いくら私とラルクでも神官一人を抱えて中心部へ向かうのは難しい。だからラルクは、私とラルクだけで瘴気を払いに行くと言うのだ。
「しかしお二人は神官ではない。聖魔法が使えないのに、どうするおつもりか」
「俺の故郷に伝わる魔法を使うさ。俺はエルフ族なんでな」
神官の代表者に問われて、ラルクは隠していた特徴的な耳を出した。お父様もラルクがエルフ族だと知っていたようで、お父様と私以外、その場にいた全員が息を飲む。
ラルクによれば、神官が使う聖魔法とは違うけれどエルフ族にも瘴気を払う魔法があるらしい。
相当量の魔力がないと使えないそうだけれど、私なら使えるからそれをラルクは私に教え、ラルク自身はその魔法を強化し広範囲に飛ばす魔法を使うと話した。
「ただ、俺たちだけじゃまだ足りないはずだ。増幅の魔法を教えるから、魔導士団の協力も頼みたいんだが」
「喜んで協力しましょう。森の賢者にお会い出来ただけでも幸運なのに、秘術まで教えて頂けるとは」
「森の民ではあるが、俺は賢者じゃない。彼女は百年前に死んでいる。この国には伝わっていないのか?」
「それは失礼しました」
ラルクが不快げに眉を寄せたため、王宮魔導士団の幹部はすぐに謝った。けれどエルフの魔法を知れるのがよほど嬉しいのか、その瞳はキラキラと輝いたままだ。
人族はエルフ族に次いで魔力量が多い種族だから、魔法への興味関心はとても強い。こういう反応をされてしまうから、ラルクはアルターレで尖った耳を隠しているのかもしれないわね。私は知らなかったけれど、どうやらエルフ族には賢者と呼ばれる女の人もいたみたいだし。
「魔法を教える必要があるから、作戦開始は二日後だ。完全とはいえないが、ある程度瘴気は払えるから魔物は弱るし呪いの心配も消えるだろう。俺たちが魔法を使ったら、ガドリルは騎士団で総攻撃をかけてくれ」
「弱らせてくれるなら、それで充分だ。我々の底力を見せよう」
「それから、神官の聖魔法が一番良いのは変わりないんだ。神官のあんたらには、俺たちが抑えてる間にあの一帯を改めて浄化してもらいたい。あと、俺たちに加護も付与してもらえるか」
「もちろんです。あの瘴気の中心へ生身で赴くのですから、お二人には必要でしょう。神もきっと快くお力をお貸し下さるはずです。お任せください」
加護は呪いを弾く効果があるけれど、かなり高等な聖魔法だったはず。治癒で疲弊している神官の身には辛い事だろうけれど、快く請け負ってもらえて安心したわ。たどり着くまでに瘴気に侵されて狂ってしまったら、どうしようもないものね。
作戦内容も決まった所で、みんなそれぞれ準備に散っていった。私は早速ラルクから、エルフ族に伝わる瘴気を払う魔法を教わった。
「ねえ、ラルク。覚えるのはいいんだけれど、私を増幅の方に回さなかったのはどうしてなの?」
「この魔法は古代魔法で、詠唱短縮が出来ない上に長いんだよ。俺が無防備で魔力を練ってる間に、魔法を無効化する魔物が出てきたらお前は俺を守れるか?」
「……無理ね。分かったわ」
エルフ族に伝わる古代魔法は、それはそれは面倒な呪文が必要だった。意味が分からないから、ひたすらに音を聞いて覚えていくしかない。
途中で泣きたくなったけれど、役割を交代するなんて出来ない。二日の準備期間で、私は必死に覚えた。
そうして迎えた、作戦当日。夜明けと共に騎士団と魔導士団は配置に付き、私とラルクは神官から加護を受けて飛び立った。
結界を通り抜けると、地上に集まっていたドラゴンたちが私たちに気付いて空へ舞い上がり、攻撃を仕掛けて来る。それらを避けたり時には反撃したりしつつ、私とラルクは真っ直ぐに異変の大元であろう湿地帯の中心部へ向かう。
空気は澱みきって水は腐り、日中のはずなのに空も暗い。加護がなければ到底耐えられなかっただろう中心部には、異臭を放つヘドロのような皮膚を持つ巨大な呪いのドラゴンが、何か丸い卵のようなものを抱えて丸まっていた。
「あれが親玉ね。ラルク、準備はいい?」
「ああ。呪文、間違えるなよ」
「間違えないわよ!」
詠唱中は無防備になってしまうから、三重に防御結界を張った上でラルクから教わった呪文を唱え始める。
ラルクは私が張った結界にさらに防御結界を重ねがけした上で、剣を手に飛び出して行った。
卵らしい物を守ろうと立ち上がった巨大なマルディクドラゴンに、私たちを追って来たドラゴンや魔物たち。それらの注意を引きつけつつ、ラルクは増福の定置魔法も仕掛けていく。
並の冒険者では到底捌き切れない相手ばかりだろうに、さすが特級というべきかラルクは軽快に動き続けている。
ドラゴンも含めてここの魔物たちは呪われているから、素材にはならないのよね。遠慮なく戦えるから、というのもあるのかもしれない。時には豪快に魔物を叩き斬る姿も見えた。
悔しいほどにカッコいい。何もなければきっと見惚れていたと思う。でもこの作戦の要は今私が唱えている魔法だから、集中して魔力を練り上げていった。
「……フラカー・ラ・スフアンタク・アルタパムン・トゥル・ネクラティエ――天上の劫火! ……キャアッ!」
「エル!」
魔法を放った瞬間、これまでに感じた事がないほど大量の魔力が一気に体から抜けていった。
ラルクの仕掛けていた増幅魔法も発動したのだろう、目の前が真っ白な光に包まれる。ゴウッという音と共に熱風が吹き上がり、力の抜けた体はそのまま吹き飛ばされそうになったけれど、駆けつけてくれたらしいラルクの力強い腕に抱き止められた。
「よくやったな。終わったぞ」
耳元で囁かれた言葉に恐る恐る目を開けると、湿地帯だったはずの地面に水気はなく、見渡す限り青白い炎が至る所で燃え盛っていた。
無数にいた魔物やドラゴン、巨大なマルディクドラゴンも守られていた卵みたいな物体ごとみんな灰になっていて、ボロッと形が崩れて行く。まさかこんなにとんでもない魔法だなんて思わなかったわ。
驚いたけれど、魔力切れを起こしたみたいで声の一つも出せなくて。ただ目を瞬かせている私に、ラルクは肩をすくめた。
「ここは一番威力が強かったからな。離れるほどに生き残りが出てくるはずだ。まあそれも、ガドリルたちに任せておけばいいだろう。魔力切れになってるんだから、お前は大人しく寝ておけ」
すぐにでもお父様たちの所へ手伝いに行きたいけれど、とても動けそうにない。そんな私を抱いたまま、ラルクは優しく微笑んだ。
ピューと風が吹いて、空から光が差してくる。風に靡いたラルクの緑髪が綺麗で、ぼんやりと見つめているうちに私はいつの間にか眠ってしまった。




