7:辺境の村で
あーもう。酷い目に遭ったわ。
くすぐったさを堪えつつ、必死に魔力の流れを調整しながら足を進めて。森を抜けて遠目に村を目にする頃にはどうにかラルクの魔力を打ち消す事が出来た。
苦労の末に掴んだコツは適度に気を抜く事。どうやらやる気を出すとその分魔法にも力が入ってしまうみたい。
笑い過ぎて力が入らなくなったからこそ気付けたような気がしないでもないけれど、あのくすぐったさには本当に参ったし、お礼なんて言いたくないわね。
そんなわけで息も絶え絶えになった私は、村に入る前に自力でドレスを綺麗にした。まだ完璧とはいえないからラルクやウルたちの服にまで魔法がかかってしまったけれど、綺麗になったのだからとりあえず良しとしてもらった。
でもそれが良くなかったのかしら? 変な誤解が生まれちゃったのよね。
「まさかお姫様が囚われていたとは知らず、申し訳ない」
「いえ、あの、私は姫じゃないので」
「どうお詫びすればいいのか」
「本当に違うの! だから気にしないで!」
たどり着いた村の規模はそれほど大きくはなかったけれど、土地だけはあるからか村長の家は広々とした平屋の一軒家だった。
そして獣人と血が混ざったりもしているのかアルターレ王国の人々より村人たちは大柄な人が多く、その分屋敷の天井も高い。通された部屋は余計に広く見える。
そんな屋敷の一角で、私は村長直々に謝罪を受けていた。
あのスピトルガはずっとあそこにいたわけではなく、半年ほど前にどこかからやって来て湖に住み着いてしまったらしい。
この村の人たちはあの湖で魚を獲ったりもしていたから、どうにかして退治したかったけれど、あの大きさだから討伐依頼を出すにもお金がかかる。領主にどうにかしてほしいと嘆願も出したけれど、村人に怪我人が出たわけでもないからすぐには動いてくれなかったそうだ。
それで途方に暮れていた所、別な依頼で村を訪れたラルクたちがスピトルガ退治を無償で引き受けたらしい。
でもラルクたちだって、ただの慈善家じゃない。スピトルガの素材目当てで、討伐を引き受けたみたいなのよね。だから素材が取れなくてあんなに怒ったんだとよく分かった。
村の人たちも素材を楽しみにしていたそうだから、台無しにしてしまった私としては申し訳なさでいっぱいになる。
けれどなぜか一人増えてた私が綺麗なドレスを着ていたものだから、スピトルガにどこかから攫われてきた姫君だと村の人たちは勘違いしたみたいで。半年も救い出せずに申し訳ないと、村長に謝罪されている。
そんなに長い間、魔物に捕まってたらどうやって生きてるっていうのよ。ドレスだって綺麗なままなのはおかしいのに、村長はそこまで考えが回らないみたい。私が魔法で倒したって話しても全然信じてくれないばかりか、魔法が使えるからドレスも綺麗だったんですね、なんて言われてしまって。
確かにドレスはついさっき魔法で綺麗にしたんだけれど、そういう事じゃないし、謝るのはむしろ素材を取れなくした私の方なのよ。
でも村長は全然話を聞いてくれないし、頭も下げっぱなしで……もう、ラルクたちも笑って見てないで助けてよ!
じとりと睨みつけると、ウルが必死に笑いを堪えつつ声を挟んでくれた。
「村長。本人が気にしていないようですし、その辺で」
「いや、しかしせめて何かお詫びの品でも」
えっ、お詫びの品⁉︎ それならやっぱり……!
「あの、そういうことならぜひし……っ!」
「し?」
「村長! 彼女へのお詫びは気にしないでください。それより、俺たちが頼んでたものは用意出来ましたか?」
「ああ、それはもちろんです。こちらへ」
塩をくださいと言おうとしたら、急に口の周りが何かに覆われて声が出せなくなった。そしてウルに促されて、村長が部屋を出て行ってしまう。
口を覆うこれはラルクの魔力ね。こんな一部だけにも使えるなんて、さすがコントロールが抜群だわ。でも凄いし羨ましいとも思うけれど、肝心な所でどうして邪魔するのよ!
意識を集中させてほんの僅かな魔力を口元に集めて打ち消そうとしていると、キャティが不思議そうに首を傾げた。
「ラルク、本当に何ももらわなくていいの? エルちゃんの服ぐらいもらっておいたら? あたしのをあげてもいいけど、緩くなりそうだし」
「服? ああ、それもそうだな。村長もその方が気が楽か。キャティ、言ってきてくれるか?」
「うん、任せて」
キャティはご機嫌に尻尾を揺らして出て行った。
ああ、待って! ぜひ塩も頼んで……!
「お前な、塩は町に行けば手に入るだろうが。依頼品を受け取ったら連れてってやるから、このまま大人しく待っとけ」
「……‼︎」
「焦るとその分外せないぞ。もっと落ち着いてやってみろ。魔法、上手くなりたいんだろ?」
何なのよ、もう! 細かなコントロールは苦手なのに、こんな急に続きの特訓なんて聞いてない! ラルクって本当に性格悪いわ!
そうして私は結局、そのまま集中出来ず村を出る事になった。
だって仕方ないのよ。キャティがもらってきた服は、子供服だったんだもの! それも村長の娘さんが十歳頃に着ていた服よ! 確かにこの村の人たちは体格がいいなって思ってたけれど、女性までそうだなんて思わなかったわ。
町まではここから二、三日かかるそうだから、ドレス姿で旅するよりはずっといいけれど。でもお姫様にお譲りするならって、フリル多めの可愛らしい服をわざわざ引っ張り出して来てくれたみたいで……。
もっと素朴な服で良かったのよ。村娘っぽいので良かったの。でも村長の娘さんはもうお嫁に行って村を離れてるっていうし、きっと思い出の詰まった服なんだろうなって思ったら、返そうにも返せない。
そもそも動揺しちゃってラルクの魔力を打ち消せなくて、一言も喋れなかったんだけれどね。歩きやすいブーツまで譲ってもらって本当に助かったけれど、着替えた姿を見てラルクが爆笑し始めて。ウルは微笑ましそうに見てくるしキャティはご機嫌で私の髪にリボンまで付けてくる。
すごく不本意だったけれど、成人女性として大切な何かがゴリゴリ削られた気がして。抵抗する力も出てこなかった。