68:過去を話して
翌日、話をするためにラルクをギルドに呼び出した。昨日と同じ防音性の高い貸会議室には、私とラルクだけではなくウルとキャティもいる。
朝のうちに部屋を借りようとギルドに来たら、ちょうど二人に会ったのよ。それでウルたちにも同席してもらえないか、私から頼んでいた。
半年前にこの国へ来た時、最初に出会ったのはこの三人だもの。私の事情を話すなら、ウルたちにも聞いて欲しいと思って。
それだけじゃなく、ほんの少し下心もあるけれどね。女性のキャティなら、話を聞いても私の味方のままでいてくれるんじゃないかと思うから。
「ごめんね、急に付き合ってもらって」
「いいんだよー。ここを借りたってことは、何か大事な話なんだよね? エルちゃんは、あたしたちに何を話したいのー?」
キャティのこの呑気な感じも、今は心強い。ラルクも来たところで三人に並んで座ってもらって、私はその向かい側に腰を下ろし話を始めた。
「あのね、聞いてもらいたいのは私がこの国に来た理由なの。ラルクは知ってるのかもしれないけれど……」
私がアルターレ王国の伯爵令嬢な事。父親が騎士団長をしていて、王家との結びつきを強めるために王命で王弟の息子と婚約をしていた事。
けれど私は疎まれていて、婚約者は浮気していた事。そして、その婚約者から夜会の場で婚約破棄を突然言い渡された事。婚約者諸共、王宮のホールを魔力暴走で吹き飛ばしてしまって逃げてきた事。
そんな話を全て、三人に話した。
ウルとキャティは、もともと私が貴族令嬢だと何となくは分かっていたみたい。
二人とも最初はキラキラと目を輝かせて聞いていたけれど、話が進むうちにウルの目が据わっていって、キャティは怒ったように尻尾をピンと立てて。最後の方にはウルは黙り込み、キャティは目に涙を溜めていた。
「エルちゃん、大変だったんだね。辛かったね……!」
キャティはわざわざテーブルを回り込んで私を抱きしめてくれた。やっぱり持つべきものは女友達なんだわ。一緒になって怒って泣いてくれて、とても嬉しい。
すると、ウルが深くため息を漏らした。
「そうだね、酷い話だ。でもエルちゃん。今まで話さなかったんだから、本当は話したくなかったんじゃないの? どうして打ち明けてくれたの? いや、もちろん話してもらって嬉しかったけどね」
「それは……。ラルクにアルターレから指名依頼が来ていて。私も一緒に行くから、話しておきたかったの」
「指名? ラルク、そうなの?」
ラルクがどんな顔をしているかは、反応が怖いから見ないようにしている。私が俯きがちにいると、ラルクが困ったような声で話した。
「ああ、そうなんだが……。本当にいいのか?」
気遣うような声音に恐る恐る顔を上げると、ラルクは痛みを堪えるかのように苦しげに顔を歪めていた。
「いいって、何が?」
「俺はてっきり、本当はお前は帰りたいのかと。国を離れた理由も、ただ夜会でトラブルが起きて城の一部を破壊してしまったからとしか聞いてなかったんだ。だから問題が解決しているなら、喜んでドラゴン討伐に行くかと思って気楽に話したんだが、違ったんだな?」
ああ、良かったわ……。ラルクは私の過去を知っても、嫌わないでくれた。婚約破棄されたからって馬鹿にしたり、婚約者を吹き飛ばした事に呆れたりもせずに、ただ私の事を考えてくれている。心配する必要なんて、何もなかったんだわ。
胸がじんわりと温かくなって、滲みそうな涙を隠すために慌てて頷きを返した。
「私は別に帰りたいとか思ってなかったわ。むしろここで自由に冒険者を出来て、すごく楽しかったし、幸せだった。みんなと出会えて、本当に良かったと思ってるの」
「そうか……」
「なあ、ラルク。今回は一人で行ったら? エルちゃんは帰りたい時に帰らせてあげたらそれでいいんじゃないの? エルちゃんがいないとダメな依頼じゃないんだろう?」
「そうだよ! あたしとウルが休んでる間に、エルちゃんと二人で出かけちゃうんだもん。今度はあたしたちがエルちゃんとのんびり依頼受けてもいいよね!」
私を気遣ってか、ウルとキャティがラルクに話してくれている。でも、もういいの。心配事はなくなったもの。
「二人ともありがとう。でも大丈夫よ。私もラルクと一緒に行ってくるわ」
「エルちゃん……」
安心してもらいたくてニッコリ笑ったけれど、素直に受け取ってもらえなかったみたい。キャティは慰めるように抱きしめてくるし、ウルは困ったように眉尻を下げている。
ラルクまで、切なげに語りかけてきた。
「いや、ウルの言う通りだ。エル、無理はしなくても」
「無理じゃないの。帰る気はなかったけれど、こうしてみんなに私のことをちゃんと知ってもらえたもの。昨日すぐに返事を出来なかったのは、何も言わないまま帰りたくなかっただけなの。迷惑かけてごめんなさい」
「いや、迷惑なんて思ってない。俺こそ、詳しい事情も知らないのに軽い気持ちで話してすまなかった」
嫌われる所か、ずいぶん同情させてしまったみたい。ラルクは痛ましげに眉根を寄せて謝ってくる。
本気で謝るラルクなんて初めて見たわ。何だかおかしくて、笑いが込み上げてきた。
「ラルクもちゃんと謝れるのね」
「は? 当たり前だろうが」
思わず笑いながら言ったら、ムッとして返された。殊勝なラルクより、こっちの方が安心出来るわ。
私が笑ったからか、キャティも抱きしめる力を緩めてくれた。
「エルちゃん、行っちゃうの? 無理しないでね」
「俺たちも一緒に行けたらいいんだけど、アルターレに獣人族は入れないからなぁ。ラルク、エルちゃんをちゃんと守ってあげてよ?」
「ああ。何ならその婚約者を一発殴りたいぐらいだからな」
「それいいねー! でもどうせなら一発じゃなくて、あたしたちの分も含めて三発はお見舞いしてきてよ!」
「いや、それじゃ生温いって。ラルク、そいつのことは男として役に立たないぐらいにしてきてやりなよ」
ホッとしていたら、いつの間にか話が物騒な方向に行ってるのだけれど⁉︎
「みんなちょっと待って! そんなことしなくていいから!」
「なんだ、遠慮しなくていいんだぞ? 俺なら無関係な冒険者だからな。飛んで逃げればそれで終わりだ」
「終わるわけないでしょう⁉︎ ウルとキャティも焚き付けないでよ!」
「えー。あたしたち、エルちゃんのために言ったのにー」
「遠慮しなくていいんだよ、エルちゃん。たまにはラルクを便利に使ってやればいいんだって」
「遠慮とかじゃなくて!」
口調は軽いからただの揶揄いなんだろうけれど目は真剣だし、本気なのか冗談なのか分かり難いから質が悪いわ。でもこんな風に言ってもらえて、みんなに話して良かったと心から思えた。
第二王子殿下にはパーティーを台無しにした事をきちんと謝りたいし、お父様たちにも会いたくないわけじゃない。イルネオの顔は見たくないけれど、目的は討伐だし、問題ないとお父様が言ってるなら顔を合わせるような機会もないだろう。これで心置きなくラルクについて行けるわ。
ドラゴン討伐は放置していると被害が大きくなってしまうから、出来る限り早く向かった方がいいという事で、出発は翌日に決めた。
ひとしきりみんなで騒いだ後は、久しぶりに四人で食事をする。スッキリした気持ちで食べた昼食は、なんだかとても美味しく感じられた。




