67:恋をしているからこそ
「ガーシュ家って、どうして……いつから……?」
驚きすぎて固まる私に、ラルクは気まずげに話した。
「最初からだ。実は俺は、お前の親父さんと知り合いでな。半年前、お前と出会ってすぐに連絡を取ったんだよ。それでお前のことを頼まれてた」
初めてラルクと出会った時、一部が焼け焦げたりはしていたけれど、私は貴族しか着ないようなドレス姿で森にいた。
どう見ても訳ありの令嬢だった私がアルターレから来たと話したから、ラルクはお父様に連絡を取ったのだろう。アルターレ王国の騎士団長なら、そういった令嬢の情報を知っていそうだものね。
それにしてもラルクとお父様が知り合いだったなんて、しかも私の事をラルクに頼むなんて思わなかった。
ラルクには魔法の粗さを怒られたりもしたけれど、最初から親切にしてくれたのはそれでなんだわ。そういえば私が冒険者になるのも、ラルクは止めていた。あれも私を守るよう依頼されていたからなのかもしれない。
ラルクが向けてくれた優しさは仕事だったのかと思うと、ほんの少しガッカリしてしまう。
けれどパートナーとして組もうと言ってくれたのは、きっとそれだけじゃないはずよ。だって私を認めてると言ってくれた時のラルクの目に、嘘は感じられなかったもの。あれが演技だったなら役者になれるわ。
だからむしろ、お父様からの依頼をラルクが受けてくれて良かったと思う。それがなかったら、きっと私とラルクがここまで深く関わる事なんてなかったから。
けれどそれより今は、もっと重大な問題がある。それは私がこの国に来るキッカケとなったあの日の事だ。
私がお尋ね者かもしれないと話しても驚かなかったけれど、ラルクは一体どこまで知っているのかしら? お父様はどこまで話したの?
これまでラルクはずっと、私の失敗を見ても笑って受け止めてくれた。たまに迷惑もかけたけれど、嫌われたりはしなかった。けれどもしそれが、過去の私を知らないから出来ていた事だとしたら?
「どうした? 大丈夫か?」
「え? あ……」
「悪かった。今まで黙っていて。だが、お前と組んだのは頼まれたからだけじゃない。本気でお前となら一緒に戦えると思って誘ったんだ」
急に怖くなってしまって黙り込んでいたら、ラルクが真摯に語りかけてきた。
ほら、やっぱりね。慰めるためだけなら、わざわざこんな事を言う必要はないもの。私を認めてくれた事に嘘はなかったのよ。
けれど今は、様子のおかしい私に気付いてくれるラルクの優しさが辛かった。
「それは分かってるから大丈夫よ」
「だが」
「本当に大丈夫だから。少しだけ、考えさせて」
心配してくれるラルクには申し訳ないけれど、本当は私が何を怖がっているのかなんて今はとても言えないし、実際どうなのか聞く勇気もない。
今はただ、一人になりたかった。
震える体を叱咤して立ち上がり、部屋を出る。考えたいと言ったからか、ラルクは追いかけてこなかったから助かったわ。そのままギルドも出たけれど、宿に戻ってラルクの気配を感じるのも怖くて町を当て所なく歩く。
外はもうすっかり陽が落ちていて、街灯と月明かりが道を照らすだけだ。時折酒場から聞こえる人々の笑い声が、どこか遠くに感じられる。いつもは何とも思わない夜にも、今日ばかりは不安を煽られた。
私が浮気された挙句、婚約破棄されてしまった情けない令嬢だとラルクは知っているかしら。王宮を破壊した事は? 怒りのあまり相手を魔法で吹き飛ばした事は?
もし知らなかったとして、それを知ったらラルクは私をどう思う? 女としてあり得ないと思ったり、嫌いになったりするかしら。少なくとも、そんな相手を好きになったりはしないんじゃないかしら。
「あれ? エルメさん! こんばんは!」
「……アッシュ君」
「何かありました? 元気ないですね」
嫌な考えでいっぱいになりながらトボトボと歩いていると、きっと依頼を終えて家へ帰る途中なのだろう狼獣人のアッシュ君が背後からやって来た。
いつも私を凄いと言ってくれる年下のアッシュ君に情けない姿なんて見せたくなかったけれど、取り繕う事も出来ない。黙り込んでいると、アッシュ君は珍しく強引に私の手を掴んだ。
「僕、夜ご飯まだなんです。少しでいいので、付き合ってください!」
答える間もなく引っ張られて連れて行かれた先は、アッシュ君の叔母さんがやっているというお店だった。
アッシュ君は何も聞かなかったけれど、優しい灯りに包まれた温かな店内の雰囲気に、不安と恐怖で固まっていた心が少しずつ溶けていった。
どちらにせよお父様が帰るよう言っているなら、私は一度帰らなくてはならない。そうなればこの町を離れるわけで。アッシュ君にはきちんと、挨拶をしておきたかった。
「あのね、アッシュ君。私今度、国に帰ることになったの」
アッシュ君が食べ終わる頃。ようやく私が口を開くと、アッシュ君はただ柔らかく微笑んだ。
「そうですか。でもエルメさんは、もしかして帰りたくないんですか?」
「うん。ちょっと怖くてね。私、逃げて来たから」
さすがに全ては話せないけれど、婚約者がいた事と浮気をされて婚約破棄された事を話して。それが辛かったから、国を出て来たのだとアッシュ君には伝えた。
「それなのに、帰らなきゃいけないんですか?」
「父からそろそろ帰ってくるよう言われたのもあるし……ラルクに指名依頼が来たのよ。今は私、ラルクと組んでるから」
「確かエルメさんは今、二級になるために指名件数を稼ごうとしてましたよね。一気に十件も指名依頼を達成したって、ギルドで話題になってましたよ。僕もプロトさんたちと組んでから、時々指名依頼をもらうようになったんです。プロトさんたちの奉仕活動を手伝っていたら、働きぶりを認めてくれて指名してくれる人が出て来たんですよ。もし良かったら、国に帰るのはやめて僕たちと組みませんか。ラルクスさんと組まなくたって、僕たちとなら指名は受けられますよ。エルメさんなら僕たち大歓迎ですから」
ラルクと組む前の私なら、この誘いはとても魅力的に聞こえたと思うけれど今は違う。私にとって一番大切なのは指名の有無じゃないのだと、改めて気が付いた。
「ありがとう。でも私、ラルクと一緒にいたいから」
「エルメさん……。もしかして、ラルクスさんのことが好きなんですか?」
鋭い指摘に、ドキッとしてしまう。思わずハッとして顔を上げると、いつもならピンと立っている狼の耳をアッシュ君は困ったように倒した。
「好き、なんですね」
「……ええ」
アッシュ君はまだ十一歳なのに、どうして気付いてしまうのだろう。獣人族って体が大きいけれど、もしかしてその分心の成長も早いのかしら。だから恋の話に敏感なの?
誤魔化す事も出来なくて、自然と頬が熱くなる。こうなったらもう、アッシュ君に聞いてしまおうかしら。
「国に帰るのが怖いのは、元の婚約者から逃げたからだけじゃないの。ラルクにそれを知られるのが怖いのよ。ねえ、アッシュ君。婚約破棄されるような女性って、男の人はやっぱり嫌よね?」
「……僕はそうは思いません。エルメさんは素敵な女性だって、僕は知っています。そんなの、浮気をしたその人に見る目がなかったんです」
「アッシュ君……」
元気付けようとしてくれてるのか、アッシュ君は私の手を握ってくれた。
「僕、エルメさんのことが好きです。ラルクスさんじゃなくて、僕にしておきませんか? それなら何も怖くないでしょう?」
優しい子だな、と思う。まさかこんな風に慰められるなんて、思ってもみなかった。
でも、そうよね。もしかしたらラルクだって、アッシュ君みたいに思ってくれるかもしれない。アッシュ君が励ましてくれたからか、何も分からないうちから怯えて逃げるなんて私らしくないなと思えた。
「ありがとう、励ましてくれて。私もアッシュ君のことが好きよ。あなたがお友達で良かった」
「いえ、あの、僕はその」
「何だか元気が出て来たわ。もしラルクに嫌われて、パートナーを解消されたら。その時は、アッシュ君たちのパーティに入れてくれる?」
「は、はい! それはもちろん!」
アッシュ君の尻尾が嬉しそうにパタパタと揺れたから、思わず笑ってしまった。
明日になったら、ラルクに私が国を出た理由を知っているか聞いてみよう。もし知らなかったら、誰かの口から聞いてしまう前に私から話してみよう。
それでラルクに嫌われたら、その時はその時よ。失恋の痛みなんて、アッシュ君やプロトたち、ウルやキャティも誘って大いに飲んで騒いで吹き飛ばせばいいんだと、そう思えた。




