64:好みが知りたい
あの後、村長の娘さんは明け方近くまで泣いていた。それに私も付き合っていたから、これから出発だというのに寝不足でフラフラよ。
でも一晩慰めたからか、なぜか彼女にも懐かれてしまった。朝食の席でもラルクの事なんて全く見ないまま、「やっぱり弟と結婚する気はない? エルメさんが義妹になってくれたら、私も嬉しいの!」とかキラキラした目で言われたりした。
いくら何でも、気持ちの切り替えが早すぎないかしら。強気の姿勢に驚いてしまうわ。村の女性って逞しいのね……。
もちろんお誘いは丁重にお断りして。村長一家に見送られて、私とラルクはデイビスと待ち合わせている村の門へ向かった。
小さな村とはいえ魔物を警戒しているから、しっかりとした柵で村全体が囲まれている。門兵だろう、年季の入った軽鎧を付けた男性が椅子に座って居眠りをしていた。
人が少ない村では交代要員も満足に準備出来ないから、たった一人の門兵が昼夜問わず詰めてる事もあるのよね。門のすぐそばには小さな家があるから、この人もそうなのかもしれない。夜間は門を固く閉じてるはずだけれど、眠気に勝てなかったのかしら。休みなんてほとんどないでしょうから、疲労が蓄積しているのかもしれないわね。
まだデイビスは来ていないから、私たちは門を出て少し歩いた先の木に背を預ける。これなら、何か異変があっても私たちで対処出来るわ。たった一人の門兵には、少しでも休んでもらいたいもの。
そう思って、周囲を警戒しつつデイビスを待ったのだけれど。結局この村では、私もほとんど眠れなかったのよね。つい欠伸が出そうになるから、ラルクに気付かれないように必死に噛み殺す。
だというのに、努力虚しくラルクは目敏く気が付いて、呆れたように見下ろしてきた。
「ずいぶん眠そうだな。夜更かしでもしてたのか?」
他人事みたいに言わないでよ! ただでさえ眠気が限界でイライラしてるのに!
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ! 昨日は大変だったんだから!」
ついつい声を荒げてしまうけれど、門からは離れているし、誰かに聞かれる事もないだろう。
村長の娘さんに泣きつかれて、一晩中宥めていたのだと話すと、ラルクは気まずそうに目を逸らした。
「それは俺のせいじゃないだろうが」
「だからって、言い方ってものがあるでしょう⁉︎ 鏡を見てから出直せ、とか言ったそうじゃない! これでその気になる男がいたら驚きだ、とか!」
「そうまで言わなきゃ引かなかったんだよ。仕方ないだろうが」
本当はこんな事、言いたくない。だって、彼女の誘いをラルクが断ってくれて嬉しかったんだから。
けれど寝不足のせいか、余計な事まで口走ってしまう。
「彼女の何が嫌だったのよ! あんなに楽しそうに笑って話してたくせに!」
「はぁ? 俺がいつ楽しそうに笑ってたって言うんだよ」
「いつもなら素っ気なく追い払うのに、話しかけられてニコニコ返事してたでしょう⁉︎」
「そりゃ、寝床を借りてる身だからな。最低限の礼儀は返すだろうが」
「だからって、あんな風に笑われたら勘違いされたって仕方ないわよ! もっと自分の顔の威力を知りなさいよね!」
「何だそりゃ。もしかしてお前、俺の顔を褒めてるのか?」
ニヤニヤと笑われて、ハッとする。私ったら、何を言っちゃってるの⁉︎
「褒めてなんかいないわよ! エルフ族が美形っていうのはよく知られてる話でしょう!」
「つまりお前は、俺の顔が綺麗だと思ってるわけか」
「だからっ! そんなこと一言も言ってないじゃない!」
「なら俺は不細工だと?」
「そうじゃないわよ! ああもう! いいわよ、この話は!」
ダメだわ。どう言っても揶揄われてしまう。私だってラルクの事はカッコいいと思ってるけれど、こんな話の流れでそんな事絶対に言いたくない!
好きだからって、負けたくはないもの。話を変えないと!
「それより、彼女の何がダメだったのよ! あんなに可愛いのに!」
咄嗟に出た言葉はさっきとほとんど同じ内容だけれど、本音としてラルクの好みは知っておきたいのよね。自分の気持ちには気付いたけれど、いつも子ども扱いされてしまうし、口喧嘩ばかりだし。このまま好きだと伝えてもきっと今の私じゃ相手にされない。
かといって努力の方向性を間違えたら、私まで冷たくされてしまう。そんなのは嫌だもの。どうにかしてさり気なく聞きだしたい。
「あれが可愛いか? あざといだけだろうが。俺の好みじゃないんだよ」
「それなら、あなたの好みって一体何なのよ! 今までもどんな美女に言い寄られても全部振ってるわよね。……まさか、実は女性には興味がないとか?」
「バッ……! 何言ってんだ! んなわけあるか!」
珍しくラルクの顔が真っ赤になったわ。これで形勢逆転ね。良い気味よ。
話は変えられたし、もう一押しすれば理由を教えてもらえるかもしれない。
「本当かしら? それにしては、あまりにそういう興味がなさそうだけど? あ、もしかしてもうそういう歳じゃないとか?」
「お前は……! 人を枯れてるみたいに言うな!」
「キャッ!」
どうしよう、揶揄いすぎたかしら。本気で怒らせてしまった? 私の顔を挟むようにして、ラルクが木の幹に両手をドン! と付けてきた。
険しい顔でじっと見下ろしてくるから必死に目を逸らそうとするけど、ラルクが顎を掴んでくるから見つめ合うしか出来ない。
「な、何なのよ!」
「俺にだってそれなりに欲はあるんだよ」
視線の鋭さは変わらないけれど、ラルクの口角がフッと上がる。
めちゃくちゃ熱っぽい目で見られて、一気に全身が熱くなる。ちょっと、顔を近づけないで! 鼻がぶつかりそう! これじゃまるで……!
「どうした? 顔が真っ赤だぞ」
「こ、こんな近くで喋らないで!」
「喋らないで何するんだ?」
何って、何って……!
頭が茹だりそうになっていると、ラルクは手を離し噴き出した。
「面白いぐらいに赤くなるな」
「なるに決まってるでしょう⁉︎ こんな近くに異性の顔があったら!」
「俺は女に興味がないんだから、何も心配なんていらないんじゃないか?」
「わ、悪かったわよ! だから揶揄わないで!」
「はは、分かったよ。今日はこれで許してやる。だが、また言ったら」
「もう言わないわよ! 二度と!」
思い切り睨みつけたけれど、ラルクは愉快げに笑うだけだ。それにホッとしつつ、少しだけ残念にも思う。
もしあのままラルクの唇がくっ付いていたら、ファーストキスになるのよ。イルネオはそういう目で全く私を見なかったし、むしろ避けられていたから。
私を好きになってもらうのは難しいかもしれないけれど、せめてファーストキスの相手がラルクだったら……って、何を考えてるのよ! 思い出したらまた赤くなっちゃうわ! 違う事を考えないと!
デイビスはまだなの? 早く来て!
そんな事を思っていたら、願いが届いたのかデイビスがやって来た。良かったわ。このままラルクと二人きりなんて、恥ずかしすぎて耐えられなかったもの。
色々と疲れたけれど、とりあえず眠気は吹き飛んだわ。だからってお礼を言う気にはなれないけれど。
顔の火照りを冷ますべく、荷車とデイビスをラルクに任せて、私は飛翔魔法で空から道の確認をする。
魔物を見つけても単独で倒しにはいかないとラルクと約束しているけれど、どこにいるか把握さえしておけば早めに動く事が出来るからね。
そうして邪魔な魔物を蹴散らしつつ、私たちは帰路を急いで。村を出た三日後には、約一ヶ月ぶりに町へたどり着いた。




