55:エルフと眠り姫(ラルクス視点)
乾杯しようとは言ったものの、まさかエルまで酒を飲むとは思わなかった。またしても酔って店員や俺に絡んだ挙句、眠ってしまったエルを抱き上げ、宿へと連れ帰る。
子ども扱いして揶揄うと怒るくせに、こいつの危機意識の低さには頭が痛くてならない。なぜこんなに無防備なのか。これも俺を信頼しているからなんだろうが、喜んでいいのか悲しんでいいのか複雑な所だ。
こんな風に思うのも、俺がすっかりエルに絆されたからに他ならない。
魔法のコツを教えてから五ヶ月余り経ったが、エルの成長は著しいと改めて感じた。守ってやりたいと思っていたはずが、エルはいつの間にか背中を任せられるほどに強くなった。
だからこそ言えたんだ。俺と組まないか、とずっと渇望していた言葉を。
だが、純粋にそれだけの気持ちで誘えなかった事は残念に思う。エルに言った誘い文句に何一つ嘘はないが、ダンジョンの異変がなければこんな提案はしなかっただろうから。
ダンジョン深層の間引きは毎年同じ時期に行われる。力のある複数のパーティを中心に一級から三級まで百名ほどが集められ、第三十層から三ヶ月ほどかけて魔物を討伐していく。
対象はドラゴンを始めとする高ランクの魔物だ。とはいえこの間、大規模討伐に参加しなかった冒険者たちは第三十層以下に立ち入り禁止となる事もあり、余裕のある最初のうちは他の魔物も倒していく参加者がほとんどだ。
そうして総勢百名で蹂躙していくが、第四十五層を過ぎたあたりから余裕はなくなっていく。上位の魔物ばかりが現れるため一戦ごとに時間はかかるし、安全を確保して野営するのも一苦労になるのだ。
それでも今は魔法の鞄があるから、補給部隊の援護などに手間がかからない分だけマシだろう。ギルドからも貸与されるが、参加者のほとんどがマギアバッグ持ちなため身軽に動く事が出来る。
皆で協力し合い最下層の魔物まで悉く倒し尽くし、ようやく任務完了だ。それでもダンジョンは絶えず魔物を生み出すため、また一年後には同じ規模の討伐が必要になる。
そんなダンジョンでの大規模討伐には、俺も何度も参加してきたから、討ち漏らしなんてないのは知っている。
だからこそ、最下層で出会った巨樹の魔物の異様さが際立った。どれだけ他の魔物や冒険者たちを食らったとしても、通常の三倍にまで巨大化するにはかなりの期間が必要なはずで、毎年大規模討伐を行ってきたあのダンジョンにあんな大きさがいるはずがない。
まして、本来ならオスクアルボルより上位のはずのドラゴンすら従えていたのだ。あと一年放置すれば、かつて倒した主と同じぐらい厄介な存在になっていた可能性もある。そんな相手を見過ごすような馬鹿はどこにもいないだろう。
あのオスクアルボルは、通常とは違う要因で巨大化したはずだ。道中で出てきたドラゴンたちだって充分異常だったが、そんなものを遥かに上回る危険性に、百年前の忌まわしい記憶が蘇る。
最も考えたくないその可能性があるからこそ、俺はエルから離れたくなかったし、リュメールも自ら調査に向かうと言い出した。
恐らくリュメールは、一両日中には出発するだろう。こんな短期間で高ランク冒険者を十名確保するなんて無茶が出来るのも、問題のダンジョンがあるからこそだというのは皮肉なものだ。
帰路も含めて年の三分の一程度をダンジョン内で過ごす事になる大規模討伐の参加者は、報酬に加えて魔物素材も大量に入手出来るため、これだけで相当な稼ぎを得る。この金を使って翌年まで遊んで過ごす者もいるほどだ。
だから辺境にも関わらずこの町に集まる冒険者の質も高い。隣国へ繋がる街道があるわけでもないのにこれだけ栄えているのは、あのダンジョンがあるからだ。
リュメールが引っ張ってきたおかげで、主要都市にしかない神殿が町にあるのも人気の秘訣だろう。金さえ積めばどんな怪我でも治してもらえるというのは、荒稼ぎをする高ランク冒険者にとって大きな利点だ。
いつもは静かになる夜のギルドも、きっと今頃は出発準備に大忙しになってるに違いない。
最下層を隅々まで調べてから帰ってくるだろうから、早く見積もっても調査が終わるまで一ヶ月はかかるだろう。
それでも最下層から地上へ繋がる通路が見つかったから、充分過ぎるほどに早いわけだが。きっとリュメールはあの縦穴に縄梯子を設置するだろうから、今後も最下層まで降りた連中が帰還時に使用出来るようになるはずだ。
俺とリュメールが危惧する事が外れていたならそれでいいが、問題は当たっていた時だ。エルには関わらせたくないが、強さを追い求めるこいつの事だから強敵がいるなんて聞いたら首を突っ込んでくる可能性が高い。
一度家へ帰るよう促すべきかと思うが、仕事上とはいえせっかくパートナーになったこいつを手放すと考えるだけで胸が苦しくなる。
「んん……」
「おっと……。寝言なだけか」
抱き上げる手につい力がこもってしまったのか、エルが身動いだ。横抱きになんてしない方が良かったのかもしれない。両腕にかかる柔らかな温もりから意識を切り離すだけでも大変なのに、胸に擦り寄られるとどうにも愛おしさが込み上げる。
必死に気を逸らして宿へ辿り着き、女将に頼んでエルの部屋の扉を開けさせ、気持ち良さそうに眠る体をベッドにそっと下ろした。
この国の連中からは子どもに見えると散々言われているエルだが、俺には全くそうは見えない。
伏せられた長いまつ毛や微かに開いた唇に触れたくなる衝動を抑えて、艶やかな赤紫の髪をそっと撫でる。
「ゆっくり眠れよ」
誰よりも近くでずっとそばにいたいと思うのと同時に、失う恐怖が心の底を常に浸している。だからどんなに惹かれても、こいつとは冒険者としての相棒にしかなれない。
臆病な自分に嫌気が差すがそれでも離れ難くて、少し迷った末に額にそっと口付けを落とし、部屋を後にした。
いつも楽しみにお読みくださってるみなさま、昨日は投稿お休みしてごめんなさい。
出来る限り毎日投稿続けていきますが、今後ももしお休みになる際は活動報告にてお知らせしたいと思いますのでよろしくお願いします!




