5:エルフの魔法はすごいみたい
「それで大人のエルちゃんは、なんでこんな所に? まさかと思うけど、アルターレ王国から一人で山を越えて来たの?」
ムッとして横を向いていたら、ウルが話を変えてきた。
大人だと分かってもらえたのは良かったけれど、呼び方はちゃん付けのままなのね……じゃなくて。
「どうして私がアルターレから来たって分かったの?」
「それは分かるよ。俺たちを見たことないなら、そうとしか考えられないから。でも、こうして話せて良かったと思うよ。エルちゃんは俺たちを嫌がらないんだね」
「ええ。むしろ興味があるわ」
「アルターレ人なのに珍しいよね。エルちゃん、何者なの?」
探るようなウルの目にドキっとしてしまう。でもこの疑問も仕方ないのよね。
昔、獣人と人族は完全に住み分けていたそうだけれど、今では獣人たちは世界中にいて、人族と共に暮らしているらしい。
けれどアルターレ王国には獣人が一人もいない。というのも、王国では獣人差別が根強く残っているからだった。
アルターレ王国は人族の国の中でも最も古くからあると言われている由緒正しい国で、その分だけ獣人の国々との争いの歴史も持つ。
体が大きく力も強い獣人族に、人族は魔法と剣で対抗してきた。そんな過去の積み重ねから、王国の人々は獣人を忌み嫌っているらしい。
らしい、というのは、獣人を忌避しているのは市井の人々に多いから。アルターレ王家は世界の流れを汲んで獣人も受け入れようとしているのだけれど、貴族の意見は今のところ半々だったはず。
殿下方と親しいお兄様たちが、たまに議論していた事を思い出す。騎士団としては獣人族の受け入れに前向きなのよ。強い兵士を増やせるからね。でも大臣の中には強固に反対している人もいて、なかなか上手くいかないのが現状だった。
ちなみにエルフ族は、そもそも滅多に森から出ないと言われているから嫌われる獣人の中には含まれていない。どこの国でも珍しいのがラルクのようなエルフ族だ。
そんなわけで、ウルたち獣人の冒険者がこの森にいる時点で、私はすでに国境を越えていたのだと分かる。でもだからって、どう説明したらいいのかしら。
正直に、伯爵令嬢なんだけど王宮を壊したから逃げてきましたって言ったら、さすがに危険人物よね? でもドレス姿でここにいる理由を上手く説明出来る気がしない。
どうしたらいいのか困っていたら、意外にもラルクが助けてくれた。
「ウル。無理に聞き出そうとするな。冒険者の掟を忘れたのか?」
「いや、それは……」
「ラルク、冒険者の掟って?」
「ハッキリ決まってるわけじゃないが、暗黙の了解ってやつだ。俺たち冒険者は依頼に関係ない相手の事情を、無闇に聞き出さないもんなんだよ」
ラルクによれば、冒険者になる人たちは様々な事情を抱えている事が多いから、無闇矢鱈に知ろうとしないというルールがあるそうだ。相手の今を尊重すると共に、自身も余計な火種を抱え込むのを避けるためなんだとか。私には好都合な話だわ。
ホッとしていたら、ウルは渋々ながらも頷いてくれた。
「分かったよ。ごめんね、エルちゃん。でもこれからどうするの?」
熊って獰猛なイメージがあったけれど、熊族はまた違うのかしら。それとも垂れ目で優しそうな顔をしたウルだからかしら。
ウルは心配そうに眉尻を下げて聞いてきた。私の事情を尋ねたのも悪気があったわけではなくて、純粋に心配してくれただけなのよね。会ったばかりだけれど、何となく分かる。
けれど私が答えるより先に、またラルクが声を挟んだ。
「それなんだが、エルはこのまま町に連れていくぞ」
「町に?」
「塩が欲しいらしい」
「……塩?」
「驚くなよ。エルは塩を買ったらこの森に住むらしいぞ」
「は? この森に?」
なぜかしら。ラルクは揶揄うように話した。するとウルがポカンとして、キャティが目を丸くした。
「エルちゃん、ダメだよ! 女の子なのに、こんな森の中に住むなんて! 行くところがないなら、あたしたちと一緒に行こう? エルちゃんは可愛いからすぐにお仕事も見つかると思うし、あんなにすごい魔法が使えるなら冒険者にもなれるよ!」
「私が冒険者に?」
「おい、キャティ。さすがにそれは」
ラルクは顔を顰めたけれど、私としてはとても興味がある。体を動かすのは好きだし、元々私は騎士になりたかった。人を脅かす魔物を倒して暮らしていけるなら、それが一番いいかもしれない。
「冒険者って簡単になれるの?」
「なれるよ。説明聞いて登録すればすぐだから」
「その話、詳しく教えて!」
「もちろん!」
「エル、乗り気になるな。キャティも勝手に話を進めるな」
ついキャティの手を取って話を聞いていたら、ラルクに引き剥がされた。何なのよ、もう!
でも私が怒る間もなくウルが間に入ってきた。
「まあまあ、ラルク。いいじゃないか。それよりこの水、どうにかしてくれないか。討伐完了の報告にもいかないと」
確かに言われてみれば、ウルもキャティもずぶ濡れのままだわ。けれどラルクにどうにかしろってどういうことなの?
意味が分からずにいたけれど、その疑問はすぐに晴れた。
「……そうだな」
ラルクが仏頂面のまま手をひらりと振ると、フワッと風が吹いてウルとキャティを包み込む。
そして瞬きの間に、水浸しだったはずの二人はすっかり乾いていた。
「えっ……何それ、どうやったの⁉︎」
「何って、基本の生活魔法だろうが。エルだって出来るだろ?」
「出来ないわ! 見たのも初めてなの。しかも無詠唱よね、今の。ねえ、やり方を教えてくれない⁉︎」
「はぁ?」
基本のって言ってたから、これってエルフにとっては当たり前なのかしら? ラルクは怪訝そうにしてるけれど、こんな便利な魔法があるならぜひ覚えたいわ。
町に行くまでの間に、絶対モノにして見せるんだから!