37:仲間がいないなら力技で
簡単に野宿といっても、いつ魔物が現れるか分からないから、ダンジョン内に限らず町の外では熟睡出来ない。風魔法を応用した結界は張っているけれど、それだって完全に寝てしまえば消えてしまうため、今夜も私は焚き火と結界が消えないように浅い眠りを繰り返す。同行しているラルクは見届け人だから、手を貸してくれないしね。
とはいえ私も冒険者になって三ヶ月が経っているから、野宿にも慣れたものだ。その上、第二層は見知った森によく似ているから、真っ暗な洞窟を覚悟していた分ずっと気が楽だ。普通の朝と違って突然一気に眩しくなったのには驚いたけれど、比較的爽やかに目を覚ます事が出来た。
そうしてダンジョンで迎えた初めての朝。支度を整えると、渡された地図を頼りに第三層への入り口を目指して進んだ。今度の目印は、岩ではなく巨木だ。
けれどたどり着いた大樹の周辺には、どこにも降り口のようなものが見当たらない。首を傾げていると、ラルクが張り出した根の一部を指し示した。
「下層に降りる入り口は、元から開いてるものもあれば仕掛けを解かないと開かないものもある。ここは仕掛けがある場所だ。この根を押してみろ」
「こう?」
曲線を描いて盛り上がっている根は固かったけれど、思い切り力を込めても不思議と折れる事なく地面に押し付ける事が出来た。一体何が起きるのかしら。
「そうだ。それと同時にこっちの根も押すと通路が開く」
そう言いつつラルクが向かったのは、巨木のほぼ反対側だ。しかもラルクはそこを一向に押してくれない。
……そんな場所、一人で押せないんだけれど。
「ちょっとラルク、さっさと押してよ!」
「俺は見届け人だから、手出し出来ない」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「どうしたらいいと思う?」
ニヤニヤと揶揄うように笑いながら尋ねられて頭にきたけれど、良い事を思いついたわ。
「凍える氷よ、我が意に添いて形となれ――イエロブルト!」
滅多に使わない魔法だから短縮詠唱は出来ないけれど、思い描いた通りに等身大の氷塊が出来た。狙い通り私が押していた根の上にドスンと落ちて、しっかり押さえ付けてくれている。時間が経てば溶けて消えるし、これなら問題ないわね。
唖然としているラルクを無視して、もう一つの根をグイと押し込むと、不思議な事に大樹の幹に洞が開いた。
「これが第三層への入り口ね」
「お前な……」
仕掛けになっている根は一度押し込むとしばらくは戻らないのか、手を離しても樹洞は開いたままだった。
穴の中は下へ続いており、また縄梯子がかけられている。それを確認して振り返ると、ラルクが困惑した様子でこめかみを抑えていた。
「これを一人で開けられたら、予定が狂うだろうが」
「文句を言われる筋合いはないわよ。ちゃんと開いたんだからいいじゃない」
「まさかリュメールと同じことをするとはな」
「ギルド長と同じやり方なのね。なら尚更問題ないでしょう?」
さすが私ね。ギルド長と同じだなんて、ちょっと嬉しいわ。
胸を張ってニッコリ笑うと、失礼な事にラルクは大きなため息を吐いた。
「問題大有りだ。一人じゃ開けられないから、他の冒険者を連れてくるはずだったんだよ。パーティ推奨の意味を教える予定が……」
アッシュ君のように初級冒険者だって既存パーティに入れてもらったり近いランク同士でチームを組んだりして活動する人もいるけれど、同じタイミングで昇級出来るとは限らない。だからこの五級昇格の特定依頼も、大抵は一人で挑戦する事になるはずだ。
それなのに第三層への入り口は一人では開けられない形になっていて、それをラルクは事前に教えてくれなかった。という事はつまり、突発的に協力者が必要になった場合にどう動くのかも五級になる際に覚えておくべき事なのだろう。
本来なら偶然通りかかる冒険者に声をかけて手伝ってもらうか、一度町へ戻らなくてはならなかったのかもしれない。
でも私はそんな思惑なんて知らないし、もう開けちゃったわけだから、文句を言われてもどうしようもないわ。さっさと諦めてもらわないと。
「何をぶつぶつ言ってるのよ。次からここへ来る時は誰かと一緒に来ればいいんでしょう? ちゃんとそうするから、今は先に行きましょうよ」
「仕方ねえな。後で文句言うなよ」
どこか疲れた様子のラルクを置いて、今度は私が先に縄梯子を降りる。たどり着いた第三層は、岩だらけの荒涼とした場所だった。