35:初めてのダンジョン
ダンジョンまでは空を飛べばあっという間なはずだけれど、徒歩の道も覚えておく必要があるからと歩かされた。湖を越えた先に行くのは初めてだったけれど、植生や生息する魔物の強さも大して変わりはないようで、七級程度の力があれば充分に対処出来る。
時折襲って来る魔物を片手間に倒しながらひたすら歩いて行き、一晩野宿をした翌朝。私たちはようやく目的のダンジョンへたどり着いた。
森の中にポッカリと開いたダンジョンの入り口は、よくある洞窟のように見えたけれど、そのそばには小屋があり門番が二人立っていた。
ダンジョン内部で事故や異常があった際にすぐフルムの町へ知らせるために、町の衛兵が交代で派遣されていて見張っているそうだ。
門番にギルドカードを提示して、名前や目的の階層、潜っている期間などを記帳する。そうしてようやくダンジョン内に足を踏み入れると、目の前に広がる光景に唖然としてしまった。
「何よこれ。入ったばかりなのに、もう外なの?」
入り口はごく普通の岩壁の洞窟だったけれど、ランプを片手に少し奥へ入り込んだ瞬間、当たりが一気に明るくなった。
急に開けた空間にはゴツゴツとした岩肌の代わりにどこまでも草地が広がっていて、まるで草原のように頭上には青空まで広がっていた。
「外じゃない。あの空も偽物だ」
「偽物って……じゃあここもダンジョンなの?」
「ここもというより、これがダンジョンだな。収納魔法があるだろう、マギアバッグの。あれの中に入ったようなものだと思えばいい。普通の空間じゃないんだ、ここは」
ダンジョンは地下に広がっている洞窟のようなものだと思っていたけれど、少し違ったらしい。洞窟内部に空間を拡張させる魔法を使ったような状態になっているのだと、ラルクは話した。
「だから風がないだろう?」
「……確かにそうね」
頭上には雲が流れていくのに、ほんの僅かな風も感じない。草も揺れないし、普通の草原とは違うのだと納得出来た。
「じゃあここの草や木も偽物なの?」
「いや、それは本物だ。だからダンジョンは素材の宝庫とも呼ばれているんだ」
放置していればどこまでも巨大化し、いずれ魔物が溢れ出す危険な場所がダンジョンだ。けれど主を倒して成長を止めて、魔物が増えすぎないようにきちんと管理をすれば、貴重な薬草や魔物素材も手に入るため悪い事ばかりでもないという。
でも辺りを見回しても、あまり珍しい物は見当たらないのよね。むしろここはまるで、冒険者になったばかりの頃によく行った南の草原に似ていた。
「ここが素材の宝庫ねえ」
思わず眉を顰めると、ラルクは苦笑いを浮かべた。
「五級の見届け人は旨みが少ないって話は覚えてるか?」
「ええ、もちろん。それがどうかした?」
「ダンジョンは階層毎に環境も大きく違うんだ。下層に行くほど魔物が強くなるってのもお前は知ってるだろう」
「知ってるけれど……。ああ、そういうことなのね」
つまり、私たちが今回行く第三層までは魔物も弱ければ生えている植物も珍しくないものばかりで。下に降りるほど魔物も草木も珍しいものが出てくる、という事なのだろう。
「ここはまだ、外とほとんど変わりないのね」
「そういうことだ」
五級の特定依頼の見届け人は四級以上の冒険者だから、七級相当の魔物や初心者が集めるような薬草類には魅力なんて感じなくても当然だ。旨みがないというのはこういう事かと、心の底から納得出来た。
「さて、それじゃもう一つの不人気の理由を始めるぞ。面倒な説明の時間だ」
ラルクは実際にダンジョン内を歩きながら様々な事を教えてくれた。まずダンジョンではコンパスが使えない。ダンジョンそのものが保有している魔力に反応してしまうため、方角が分からなくなるそうだ。
「五級が行けるのは第十層まで、四級なら第二十層までだ。三級以上で制限は解除される。これは破っても罰則はないが、何か起きてもその階層までしか捜索されないから気をつけろよ」
下の階層へ降りる道は一箇所しかないけれど、そこに門番がいるわけじゃない。下へ降りるかは自己責任だ。
ルールを破った場合に何かあっても、誰も助けてくれない。たまたま他の冒険者が通りがかったとしても、そういう人物を助けようとする者はいないだろうとラルクは話した。
「五級は第十層までね。分かったわ」
「まあそれでも、お前は一人で入るなら第五層までにしておけよ」
「どうして?」
「地図が使えなくなるからだ」
発見から五十年の間、ギルド長を始めとした多くの冒険者が隅々まで探索しているから、第五層までは地図があるらしい。けれどそれ以降は地図がない。というより、作れなかったらしい。
「この辺りの木々は普通なんだが、第六層からは植物型や岩石型の魔物もいる。そのせいで目印になるような巨木や大岩まで動くから、地図がないんだよ」
「それは……困るわね。空も飛べないのよね?」
「広がってるが、ここは地下だからな。天井はそう高くないはずだ」
コンパスも地図もなく、これだけ広い空間がこの先の階層にも広がってるなら誰だって迷うと思う。他のみんなはどうしているのかしら。
「じゃあどうしたらいいの?」
「方向音痴じゃない奴と組めばいい」
「私は方向音痴なんかじゃないってば!」
「地図とコンパスがあっても、かなり悩まないと初めての場所は歩けないのにか?」
「そ、それは……」
痛い所を突いてくるわね。これだけはどうしても認めたくないけれど、一人で行ったら確実に帰って来れないのだけは分かる。
「とにかく、歩き慣れてる奴のパーティに入ったり臨時チームを組んだりすればいい。そういう奴らは、小さな変化を目印にして歩けるからな。絶対に一人で進もうと思うなよ」
「……分かったわよ」
悔しいけれど渋々ながらも頷くと、ラルクはフッと笑った。
「まあそもそも、このダンジョンはソロじゃなくパーティで来るよう推奨されている。一人で潜る奴なんてそういないけどな」
「それを先に言ってよ!」
「そんなに大声を出すと魔物が出てくるぞ。ほら、あそこ」
「もう、邪魔なのよ! ――岩槍!」
揶揄われた腹いせに、思いきり土の攻撃魔法を放つ。尖った岩が突き出て魔物を滅多刺しにした様を見て、ラルクが頬を引き攣らせた。過剰攻撃なのは承知でやったけれど、思った以上にスッキリしたわ。




