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34:心配されたくないだけ

 野宿も出来るよう準備を整えて迎えた翌朝、私はラルクと町の東へ向かった。七、八級の依頼で何度も訪れた大きな湖が町の東側にはあるけれど、その湖の向こう側が目的地らしい。

 私がラルクを拒絶してしまった事で昨日は気まずい雰囲気になったけれど、一晩経ったらラルクはいつも通りの態度で接してくれたから私も何も言っていない。謝りたい気持ちもあるけれど、せっかく大人の対応をしてくれたのに、ここで変に蒸し返して傷つけてしまうのも怖かった。


 そんなわけで湖畔をぐるりと回り込みつつ、私たちはいつもと変わらぬ軽い会話を交わしていた。その中でラルクは、五級昇格の特定依頼について教えてくれた。


「お前はダンジョンは知ってるか?」

「簡単なことならね。ダンジョンの主を倒さない限り広がっていく空間のことでしょう? 内部に魔物がたくさん住んでいるのよね」

「そう、それだ。湖からもう少し先に行くとそのダンジョンがある。そこの第三層にある石を持ち帰るのが今回の依頼だ」


 ダンジョンはそれ自体が魔物だとも言われている、不思議な場所だ。発生原因は分からず、ある日突然山や森の中に現れる。

 洞窟のように開いた穴の内部にはたくさんの魔物が生息している上、最下層には主と呼ばれる大型の魔物がいて、主を倒さない限りダンジョンは地面の下をどこまでも広がっていくのだ。

 けれど主を倒した後も魔物が生み出されるのは止まらない。ダンジョンを放置していると中から魔物が溢れ出して周辺の町や村が滅ぼされる事もあるから、定期的な駆除が必要だった。


「じゃあ今回は、ダンジョン攻略の仕方を覚えれば五級になれるのね」

「そういうことだ」

「どのぐらい広いの?」

「最下層は五十三だな」

「そんなに⁉︎」


 ダンジョンは深くなるほど魔物も強くなっていくと聞いた事がある。一番下はどのぐらい強い魔物がいるのかしら。


「主はいないのよね?」

「ああ。十年前に倒したからな」

「倒したって……まさかラルクが?」

「ああ。もちろん一人じゃないぞ。リュメールや何人かの高ランクと一緒にな」


 そもそも湖の向こうにダンジョンがあると気付いたのはギルド長だったそうだ。五十年前にギルド長がフルムへ来てすぐに気付いたけれど、その時はこの辺りに高ランクの冒険者はいなかったらしい。

 ギルド長は一人で攻略を進めたんだけれど、魔法しか攻撃手段のないギルド長一人では限界がある。前衛で物理攻撃が出来る高ランク冒険者を呼んだり自分で育てたりして、どうにか最下層にたどり着けたのは発見から三十五年後。その時点ですでに階層は五十になっていて、その時のメンバーでは主を倒しきれなかったらしい。


「突然呼び出された時には驚いたな。リュメールはずっと俺と連絡を取ろうとしてたみたいだが」


 ラルクとギルド長はもっとずっと昔からの知り合いだったそうだ。世界を転々としていたラルクをギルド長は探していて、ようやく見つかってダンジョン攻略を手伝って欲しいと要請出来たのが十年ほど前。ラルクはそれからすぐにこの町へやって来て、主を倒したそうだ。


「そんなに手強い相手だったのね」

「手強いなんてもんじゃないな。俺でも死ぬかと思った」


 想像を絶する苦労をしたみたいで、それを思い出したのかラルクはげんなりとした顔をしていた。

 ラルクもこんな顔をするとは思わなかったけれど、でもそうよね。主とだけ戦うわけじゃなく、深層の強い魔物と連戦した上での主退治なんだもの。話にしか聞いた事はなかったけれど、ダンジョンって本当に危険な場所なんだわ。私も気を引き締めていかないと。


「そう緊張するな。今回行くのは上の三層だけだから、危険はない」


 ダンジョンに詳しいラルクが言うのだから、そうなのだろう。ほんの少し肩の力を抜いていると、ラルクは切なげに言葉を継いだ。


「悪かったな、俺しかいなくて。他の奴らは今、深層部の間引きに行ってるんだ」


 一瞬何を言われたのか分からなかったけれど、私がラルクを嫌がってしまった昨日の話を言ってるのよね。

 他の奴らというのは、旨味の少ない五級の見届け人を引き受けてくれるような人たちの事なのだろう。ギルド長は一ヶ月後ならと言っていたけれど、その人たちは今ダンジョンの奥深くに潜っていたのね。


 私がダンジョンについて色々聞いてしまったから、気を遣って言ってくれたのかしら。触れずにいてくれたのに、悪い事をしたわ。


「謝らなくていいわ。別に私も本気でラルクが嫌だったわけじゃないから」

「無理しなくていいんだぞ」

「無理じゃないわよ。むしろ謝りたいのはこっちだもの」


 謝るのは今しかない。ちょっと恥ずかしいけれど、私は真っ直ぐにラルクと向き合った。


「昨日はごめんなさい。この前恥ずかしい所を見せてしまったから、またあなたの前で失敗したら嫌だなって思っただけなの。でも今回は完璧な所を見せるって決めたから、もういいのよ。だから気にしないで」

「……そうか」


 ラルクはホッとしたように微笑むと、フッと笑った。


「俺の前で格好付けたかったのか? 今まで散々失敗してきたくせに」

「うるさいわね。もう失敗しないって言ってるでしょ!」

「だが不安だったんだろう?」

「別に不安じゃないわよ! ただあの時あなたが……!」


 思わず言いかけた言葉に口を噤む。ラルクに心配されたくない、なんて言ったらまた傷つけてしまうかしら。


「俺が何だって?」

「何でもないわよ」


 ムッとしたまま背を向けて歩き出すと、ラルクが後ろでクスクスと笑った。笑われて腹が立つけれど、少しホッとする。

 苦しい顔も悲しい顔も、心配してる顔も見たくないのよ。どうしてか分からないけれど、ラルクにはこうやって笑ったり怒ったりしていてほしい。そんな風に思うから。

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