31:昇格のお祝いに
度々魔鳥に襲われたから思ったより時間がかかったけれど、夜半過ぎにはフルムの町へたどり着く事が出来た。
足の傷に痛みはないけれど、それなりに疲労は溜まっている。ベッドに入ると瞬く間に眠りの底に落ちていき、そのまま昼過ぎまで眠ってしまった。
「エル、起きたか」
「ラルク、おはよう。待っててくれたの?」
「俺は見届け人だからな。報告するまでが依頼だと言っただろう」
身支度を整えて部屋を出ると、やはりというかラルクが心配そうな顔で立っていた。ラルクだって疲れているはずなのに、まさか朝から廊下にいたのかしら。
「部屋にいてくれれば声をかけたのに」
「安心しろ。出てきたのはついさっきだ」
私とラルクの部屋は隣同士だから、物音で気づいたのかしら。まあ、ずっと立ってたわけじゃないなら私も気が楽だわ。
それ以上は何も言わずに、私たちは宿を出る。ラルクの目線が穴の空いたままのブーツに注がれてる感じがして、どうにも居心地が悪い。
報告を終えたら新しいブーツを買いに行くつもりだったけれど、先に店に寄るべきかしら。でもそれだとラルクが付いて来るから、やっぱり今は我慢してさっさと報告を済ませるべきね。
四日ぶりの冒険者ギルドは、昼時だからか閑散としていた。いつもは並ばなければならない受付にも誰もおらず、すぐに報告する事が出来た。
「エルメさん、おかえりなさい。ずいぶん早いですが、もしかして特定依頼失敗されました?」
「まさか。達成報告に来たのよ」
鞄から採取してきた紫色の花を取り出し、カウンターに並べる。依頼品であるベネクラを見て、ギルド職員は驚いた様子で目を見開いた。
「えっ、もうですか⁉︎ ラルクスさん、不正は」
「ない。何の問題もなかった」
「まだ四日目なのに、すごい……! さすがエルメさんですね、依頼遂行の最短記録ですよ! 六級昇格おめでとうございます!」
毒沼までは片道三日かかるから、依頼の期日も二週間と長めに設定されている。それなのに四日目で達成したから、この速さは異例だったみたい。
興奮した職員からは「ギルド長が知ったらきっと喜ぶと思うんですが、あいにく今日は隣町まで出かけてるんですよ」と言われてしまった。
ギルド長は同じ純血の人族である私に親近感を持ってくれてるみたいで、何かと声をかけてくれるのよね。まあでも今日はブーツを買いに行かなきゃいけないから長話をしている暇はないし、ギルド長が不在でちょうど良かったかも。
そんな事を考えつつ、更新されたギルドカードを受け取った。あとはラルクに、これだけは言っておかないとね。
「ラルクもお疲れ様。これで私も六級よ。もう初心者じゃないんだから、余計な口出しはしないでよね」
「ああ、そうだな。正直、お前がここまでやれるとは思わなかったが……もう一人前の冒険者だと認めるよ」
「分かってくれたならいいわ。じゃあ、私は行くわね」
また何か言われるかと思ったけれど、素直に頷かれると調子が狂うわね。赤くなりそうな顔を見られたくなくて、私はすぐにギルドを出た。けれど……。
「……ラルク。なぜついて来るの?」
「ブーツを買いに行くんだろう? 一緒に選んでやるよ」
「付き添いなんていらないわよ!」
「そう言うな。昇格祝いに買ってやるから」
ブーツはそれなりに値が張るから、買ってもらえるのは正直とても助かる。でもキャティとウルからならまだしも、ラルクからのお祝いだなんて素直に受け取るのは癪なのよね。
これまでに昇格した時だってラルクには一度も祝ってもらっていないし、魔法を教わったりもしたけれど師弟関係とも言えず、キャティたちと違って友達と言えるほど気安い関係でもない。
ちょっと仲の良い知人、もしくは宿の隣人で、どちらかといえば腐れ縁とかの方が合ってる気もする。そんなラルクからお祝いなんてもらっていいのかしら。
「買ってやるって、私がどんなブーツを選ぶか分からないのにそんなこと言っていいの?」
「冒険者に適したブーツなんて大体決まってるからな。だがお前はすぐに安物で済ませそうだし、ちょうど良い機会だから俺が教えてやるよ」
相変わらず嫌な人だわ。私を何だと思ってるのよ!
「安物なんて選ばないわよ! むしろ一番高いのを選んでやるんだから!」
「高けりゃいいってものでもないんだぞ。これから長く冒険者を続ける気なら、適したブーツを買った方がいい」
「そのぐらい言われなくても分かってるわ! 初心者扱いしないでって言ってるでしょう⁉︎」
「ああ、そうだったな。六級冒険者様だった」
ラルクは「悪い悪い」なんて謝ってきたけれど、その顔は愉快げに笑ったままだし言い方が軽すぎる。本心ではまだ私を認めていないのが丸分かりよ。本当に腹立たしいわ。
それでもラルクは本気でお祝いしようとはしてくれていたみたい。結構値段が高いのに、長く使えそうなブーツを贈ってくれた。
「防護魔法も付いてるから、これなら毒の血を浴びても穴は空かない。とはいえ万能ではないから、収納魔法を覚えたら予備はもちろん、用途別の装備もいくつか用意しろよ」
わざわざそんな事を言ってくれるって事は、そう遠くないうちに収納魔法を使えるようになると思ってくれてるのかしら。
そう思うと、ほんの少しでもラルクは認めてくれたのかなと思えて。唇を尖らせつつも「ありがとう」とお礼を言って、ブーツを受け取った。