29:毒の沼地で
投稿時間遅くなりました。ごめんなさい!
ラルクも魔法で空を飛べるから一緒に飛ぶ事も出来たのだけれど、今回の依頼は六級昇格に相応しいかを確認する側面もある。山中でどう動くのかも見る必要があるという事で、私たちは歩いて進んだ。
そうしてフルムの町を出てから三日後には、予定通り毒の沼地に着く事が出来た。三つの山を越えた先には森があったのだけれど、その木々の葉が色褪せ始めたから毒沼が近い事は簡単に分かった。
「これが解毒薬だ。飲んでもいいし患部に直接かけてもいい。よく考えて使えよ」
背負い鞄は木の洞に隠し、支給された三つの小瓶を肩掛け鞄に入れた。
依頼品であるベネクラの特徴やどんな場所に生えているか、沼地に棲息する魔物についても、この三日の間にラルクから聞き出してある。沼地の中心部に咲くという紫色の花を探しに、私は早速飛翔魔法を使った。
「風の翼よ!」
短縮詠唱で空へ舞い上がるとラルクが驚いたように目を見開いたから、胸がスッとしたわ。
飛翔魔法は細かな制御が難しいからまだ無詠唱は無理だけれど、こういう形でなら出来るようになったのよ。でもビックリするのはまだ早いわよ。他にも色んな魔法を使えるようになったんだから、ちゃんとついて来てよね。
気を取り直したラルクが飛翔魔法で飛び上がるのを視界の端に捉えつつ、毒沼の奥地へ向かう。空から見下ろせば、広い毒沼の様子がよく見えた。
沼の水はごく普通の色味だけれど、濁っていて底は見えない。奥へ行くほど立ち枯れた木々が増え、小島のように点在している陸地部分は赤茶けた草で覆われている。
水辺からは様々な種類の魔物が顔を出していて、空を飛ぶ私たちを恨ましげに見上げていた。それらを無視してしばらく飛ぶと、前方に色鮮やかな紫色が見えてきた。
「あれがベネクラね」
紫色の大きな花は、水面に浮かぶようにして咲いていた。すぐ近くには草の生えた陸地もあるけれど、しっかりした地面とは言えないはず。空を飛べなければ毒水に触れずに近付くのは難しいだろう。
それはつまり、花を採りたい私にとっても言える事で。こうして飛んだまま上から花に近づくしかないのだけれど、水の中から魔物が出てきたら対応するのが難しくなる。
バランスを崩して沼に落ちるのは避けたいから、足を下ろせる場所を増やしてしまいましょう。
冒険者になってから魔物の足を止めるために何度も使った結果、無詠唱で使えるようになった氷魔法を広範囲に放つ。
花を取り囲むように毒水が一気に凍りつき、しっかり固まった所で降り立った。採取用のナイフで手際良く紫色の花を刈り取り、鞄に詰めて行く。
必要数は充分に取れたから、これでおしまいね。ホッとして再び飛翔魔法を展開しようとしたその時、氷の下に大きな影が過った。
「うわっ!」
咄嗟に跳び退いた場所の氷をバリバリと破って、真っ黒なワニのような魔物ドゥネグロが飛び出てきた。慌てて顔を覆った腕に跳ね上げられた毒水が降ってきて手が痺れる。
そのままドゥネグロは大きな口を開けて突っ込んで来たけれど、手が動かないからダガーは使えない。覚悟を決めて後ろに跳びつつ、無詠唱で氷の刃を放った。
「痛っ……!」
一撃でドゥネグロは倒せたけれど、飛び散った血が足先にかかりジュッと音を立てる。履いていたブーツまで溶かして肌を焼くなんて、本当にとんでもないわ。
どうにか解毒薬を取り出して一本を飲み、手の動きが戻った所で急いでブーツを脱いでもう一本を足に直接振りかける。肌は赤くなってしまったけれど無事に毒は中和されたようで、痛みもだいぶ楽になったからホッとした。
でも今はまずこの場を離れないと。やる事は終わったのだから長居は無用だわ。
ちらりと上空を見上げれば、ラルクが心配そうにこちらを見ていた。怪我をするつもりなんてなかったのに、失敗したわね。
「終わったから戻るわ!」
気まずさを笑顔で誤魔化して、荷物を置いた沼のほとりへ再び飛翔魔法で戻った。
帰りはどうしようかしら。さすがにブーツの替えは持っていないのよね。解毒薬はもう一本残ってるから、それをブーツにかけて履けば大丈夫かしら。念のため足には薬を塗った方がいいかも。
ラルクは何も言わなかったけれど、ずっとその顔は歪んだままだ。相当心配しているみたいだから、このみっともない足を早く隠してしまいたかった。
「ラルク、向こうを向いていてくれる?」
「……ああ」
薬を塗って布を巻き、ブーツを履き直す。一応これで大丈夫そうだけれど、帰りも歩かなきゃダメかしら?
「ラルク、帰りは空を飛んでもいい?」
「お前の魔力が足りるなら、それでも構わないが。歩けなさそうか?」
「ううん、平気だけれどその方が早いから」
足の痛みより、穴の空いたブーツを痛ましげに見ているラルクの事が気になるのよね。恥ずかしくて仕方ないのだけれど、ラルクが心配してくれる事にどうしてか嬉しくなってしまう気持ちもあって。この変な気持ちを一刻も早く解消したかった。
「痛みが酷い時は無理せずに言えよ。集中出来ずに空から落ちたりしたらひとたまりもない。ギルドに戻るまでが依頼に含まれるが、半年後に再挑戦は出来る。俺が連れ帰ってやってもいいんだ」
「落ちないし、やめたりもしないわ。ラルクこそ、遅れずについてきてよね」
しっかりと鞄を背負い、再び空へ舞い上がる。もうすぐ日暮れになるけれど、三日かかった道のりも空を飛べば日付が変わる前に辿り着けるはず。
夕焼け色の空を飛ぶと雄大な景色が眼下に広がって、僅かに残る足の痛みも忘れられた。すぐ後ろを飛ぶラルクの気遣うような視線を感じたけれど、あえてそれには気付かないフリをした。