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21:初仕事前の失敗

 喉の渇きを覚えて目を覚ますと、酷く頭が痛んだ。窓辺から差し込む光を眩く感じて瞬きを繰り返しつつ、ベッドの上で身を起こす。


 もう朝なのね……って、いつの間に帰ってきたのかしら。ここ、宿の私の部屋だわ。困ったわね、昨日の記憶が途中からない。

 どうやって帰ってきたのか分からないけれど、服装は昨日のままで特に乱れもないし、自力で帰ってこれたのよね。きっと。


「お酒に弱いつもりはなかったのに……。疲れていたのかしら?」


 昨日飲んだエールというお酒は初めてだったけれど、夜会や晩餐会でワインや発泡酒を飲んだ事はある。もちろんその時に記憶を失くした事なんて一度もなかった。エールって強いお酒だったのかしら?

 もしくは、単純に量が多かったのかもしれない。これまではグラス一杯を少しずつ嗜む程度だったけれど、ジョッキという大きな器で飲んだのは昨日が初めてだったから。


 そんな事をぼんやりと考えつつ、いつ置いたのか記憶にない枕元に用意してあった水を飲む。

 寝汗もかいたみたいだし服に浄化魔法をかけたい所だけれど、今は集中出来そうにないからとりあえず体を軽く拭いて着替えて。頭の痛みを堪えつつ身支度を整えると、不意に扉が叩かれた。


「エル、起きてるか?」

「起きてるわよ。おはよう、ラルク」


 私が顔を出すと、ラルクは驚いたように目を見開いた。


「もう着替えていたのか。ずいぶん前に起きてたんだな。てっきり二日酔いで苦しんでるかと思ったんだが」

「頭なら痛いわよ。何の用なの?」


 馬鹿にされたみたいで腹が立つけれど、今は怒る気力もない。ジロリと睨み付けると、ラルクは揶揄するように口角を上げて、手にしていたポットを持ち上げて見せた。


「思ったより元気そうだ。酔い覚ましを持ってきたんだが、いらないか?」

「いるわ。入って」


 全くもう、意地の悪い人ね。気遣ってくれるなら、素直にそう言ってくれたらいいのに。

 お礼を言いたい所だけれど、何だか悔しくて大きく扉を開く。けれどラルクは、呆れたようにため息を漏らした。


「入らねえよ。男を簡単に部屋に入れるな」

「ならさっさと渡してよ! ……痛っ!」

「自分で大声出して頭痛に襲われるとか、何やってるんだか。それに懲りたらもう酒を飲むのはやめとけよ」


 ラルクは入り口脇の棚にポットを置くと、自分の部屋に戻っていった。

 本当に嫌な人だわ! 酔い覚ましは助かったけれど、絶対にお礼なんか言わないんだから!


 でも悔しい事に、ラルクがくれた薬茶は効果覿面だった。ポットは後々返す事にして、さっさとギルドに行きましょう。体調は戻ったけれど、今日が初仕事だというのに朝から不快で仕方ない。

 もうしばらくはお酒なんて飲みたくないわね。憂さ晴らしも兼ねて魔物を思い切り退治してやるんだから。


 そう意気込んで宿を出て、冒険者ギルドへ向かう。宿からギルドまでは一本道だから、道に迷う事もない。

 出かけるのが遅れたからか、たどり着く頃にはこれから依頼場所へ向かうのだろう冒険者たちが続々とギルドから出てきていた。


 獣人、ハーフ、人族と、冒険者にも様々いるみたいだけれど、そのほとんどが大柄な人たちだ。人波に逆らって中へ入るのには苦労したけれど、装備を整えてきたからか昨日のように絡まれる事もない。

 残念ながらキャティたちの姿も見つけられなかったから、もうとっくに出かけてしまったのだろう。


(依頼の掲示板は……ここね)


 出遅れた分、掲示板の依頼票はずいぶん減っていたけれど、聞いていた通り常時依頼は貼られたままだった。

 昨日のうちに色々教えてもらっておいて良かったと思いつつ、キャティから教えられた初級の依頼票を手にする。


 町の南にある草原での薬草採集と、同じく南の草原に生息しているピーコネッホという魔物の討伐依頼を受けた。

 ピーコネッホは嘴のある兎型の魔物で、討伐証明部位はその特徴的な嘴になるそうだ。魔物によっては、内臓系が証明部位になる事もあるらしいから、嘴で良かったとつくづく思う。


(あとはお昼を買って、さっさと行くわよ!)


 フルムの町には東西南北に市門がある。南の門へ向かいつつ、昼食を買って行けばいいだろう。

 門前市場でお昼用のパンを買って鞄に入れ、南門から意気揚々と出ようとしたのだけれど……。


「おい、エル。ちょっと待て」

「ラルク?」


 不意にかけられた声に驚いて立ち止まると、そこにはなぜかラルクがいた。なぜこんな所にいるのかしら。もしかしてもう依頼を終えて帰ってきたとか?

 それならさっさとギルドに戻ればいいのに、どうして声をかけてくるのかしら。まさかまた色々言ってくるつもりじゃないわよね?


 これから頑張ろうって所に水を差されたみたいに感じて、何だかムッとしてしまう。


「何か用なら早くしてくれる? 私はこれから仕事なんだけど」

「その仕事だが……お前、南の草原に行くんじゃなかったのか?」


 よく知ってるわね。初心者向けの常時依頼だから、予想もつきやすいのかしら。


「そうだけど、それが何か?」

「なら、なぜここから外に出る?」

「なぜって、ここからが一番近いでしょう? 私、急いでるから邪魔しないで」


 南門から出たらすぐ草原だと、ギルド職員から聞いている。だから当然、この南門から私は出るつもりでいたのだけれど。


「ここは北門だぞ」

「……へ?」

「だから、ここは北だ。南門は逆だよ」


 そんな事あるわけないと言いたい所だけれど、ラルクは意地悪でも嘘はつかないのよね。ということはつまり、本当にここは北門だということで。


「……間違えちゃったわ。ほら、私、初めてだから」


 苦笑で誤魔化しつつ「教えてくれてありがとう」と一応お礼も言って南門へ向かう。

 けれど大して進まないうちに、なぜかラルクに腕を掴まれた。


「エル、待て。お前、もしかしなくても方向音痴だろ」

「何言ってるのよ、そんなわけ」

「そっちは東だ」


 ……困ったわ。町を出る前にこんな事になるなんて。

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