19:宿探し
必要な物は全て揃える事が出来た。あとやるべき事は、当面の宿を確保する事ね。
冒険者は週や月単位で宿を取り、そこを拠点にして活動する者がほとんどらしい。残金から当面の食費を引いた分を使って、私もそうしたいと思う。
「ねえ、この辺りで一番安い宿ってどこかしら?」
もちろんこれからたくさん稼いでいくつもりだけれど、冒険者は体が資本だし、いつ何があるとも分からない。いざという時に備えて、出来るだけ節約したい所だ。
だから少しでも安い宿にと思ったのだけれど、三人ともが顔を歪めた。
「お前な……なぜ最初の希望がそれなんだ。もっと他に条件があるだろう」
「エルちゃん、一番安い所はやめた方がいいよ」
「女の子が泊まる所じゃないからね、あれは」
どうやら一番安い宿は雑魚寝になるらしく、男女別になんて分かれてもいないそうだ。
……うん、それはさすがにやめた方がいいわね。この国ではいくら子どもと間違われるとはいえ、私だって女の子だもの。身の危険を感じるわ。
「それなら、女性専用の相部屋がある宿とか」
「ないな、そんな場所は。そんなに残金が少ないのか?」
即座に否定された上に問いかけてきたラルクに、渋々ながらも宿に使える分の金額を教える。何だか屈辱だけれど、予算を知らないと紹介する方も大変だものね。
するとキャティが、キラキラと瞳を輝かせた。
「なんだ、まだいっぱいあるんだね! それならあたし達と同じ宿にしようよ! 美味しい朝ごはんも出してもらえるよ!」
「食事付きってこと? それだとその分高くなるわよね?」
「嫌なら食事なしにもしてもらえるよ? その分安くなるし」
キャティとウルは、もちろん部屋は別々だけれど同じ宿に泊まってるそうだ。
美味しい朝ごはんは魅力的だし、キャティがお勧めしてくれるなら女の子だって使いやすい宿なんだろう。
でも金額を聞いてみたら、朝食ありで三週間、朝食なしで一ヶ月分という感じだった。これで出来ない事もないけれど、もうちょっとどうにかしたいわね。
「そこってキッチンも付いてたりする? 小さなものでいいんだけど。もしくは厨房を借りれたりとか」
「キッチン? そんなのはないよ」
「厨房も借りるのはたぶん無理じゃないかな。いつも女将さんたちが、忙しそうに料理してるから」
うーん、そうなのね。宿代が高くなるなら、その分少しでも節約出来るように自炊出来たらと思ったけれど無理みたい。
どうしたものかと思っていたら、ラルクが声を挟んだ。
「なら、俺が使ってる所にしてみるか?」
「ラルクが? キッチンがあるの?」
「ああ。キッチンは共用だが、自由に使える。ただ手洗いは各部屋にあるが、風呂はない。近くの浴場に行く事になるが、魔法を使えるお前には問題ないだろう」
洗濯もお風呂も教えてもらった浄化魔法で事足りる。お風呂が付いてないなら、一泊あたりの金額も安いかも?
「一晩いくらなの?」
「長期滞在には割引もあるぞ。一度見てみればいい」
思った通り、金額はキャティたちの宿より二割ほど安かった。食費も抑えられるだろうから、上手くすれば二ヶ月近く今の手持ちで泊まれるかもしれない。
期待しつつラルクについて行ってみれば、そこはなかなか小綺麗で可愛らしい二階建ての宿だった。
「ここは女も何人か泊まってるから、鍵なんかもしっかりしてる。壁は厚いとは言えないからたまに隣の声が聞こえるが、まあ普通に使う分には良い宿だよ」
「うん、それならここにするわ。空いてるといいんだけど」
「待ってろ。今、聞いてきてやる」
どことなく機嫌良さげにラルクは宿に入って行く。別に自分で聞けたんだけど、せっかく善意で言ってくれたんだし黙って見送った。
「ねえ、ウル。ここそんなに……もしかして、ラルクって……」
「まあ、それは……」
「どうしたの、二人とも?」
ふと気付けば、キャティとウルが何やらヒソヒソと楽しげに話している。何かあったのかと振り向くと、二人はフルフルと頭を振った。
「ううん、何でもない」
「そうだ、エルちゃん。夜は一緒にお酒でも飲みに行かない? お昼はご馳走になったし、歓迎会ってことで俺たちが奢るよ」
今日の昼食は、町まで連れてきてもらったお礼にと私が会計を持った。依頼料にしてはかなり安いけれど、借りっぱなしというのも何だか嫌だったのよ。
それなのに、歓迎会だなんて。
「そんなの、お昼より高くついちゃうわ」
「気にしなくていいよ、そんなの」
「そうだよ。せっかく友達になったんだし、冒険者になったお祝いさせて?」
お友達と言ってもらえるのは、すごく嬉しい。これは断るに断れないわね。
「そういうことなら」
「ありがとう、エルちゃん!」
「じゃあ、俺たちは先に席を取りに行こうか。エルちゃん、ラルクに連れてきてもらってね。いつもの店って言えば伝わるから」
「ええ、分かったわ」
よほど人気のお店なのかしら。ウルとキャティは話が終わるとすぐに行ってしまう。
そして、それと入れ替わるようにラルクが戻ってきた。
「待たせたな。ウルとキャティは?」
「歓迎会をしてくれるって。いつもの店で待ってるって言ってたわ」
「そうか。ちょうど一部屋空いてるそうだから、荷物を置いたら行くか」
良かった。大通りに近い結構良い場所に建ってるから、もしかして空いてないかもって思ったのよね。
一ヶ月分を先払いして通された部屋は、二階の角部屋だった。室内はこじんまりとしているけれど狭いって事もなく、清潔で快適。しかも驚いた事に、ラルクの部屋は隣らしい。
まあ、知らない人が隣よりいいわよね。
「ずいぶん浮かれてるな。あんまり飲みすぎるなよ?」
「分かってるわよ、そのぐらい」
部屋に荷物を置いてすぐ、ラルクと共に宿を出た。ようやく生活の目処が立ってホッとしたからか、足取りが軽い。揶揄うようにラルクに言われたけれど、不思議と苛立つ事もなかった。
これは楽しくお酒も飲めそうね。せっかく奢ってくれるというし、夜が楽しみだわ!