15:まずは先立つ物を
町まで連れてきてくれたのだからここで放り出したっていいのに、ウルたちは案内を買って出てくれた。
冒険者ギルドの周辺には装備品を扱うお店が色々あるけれど、私はまず換金しなくてはならない。初めての町でどこに行けばアクセサリーを売れるのか分からなかったから、本当に助かった。優しい彼らと知り合いになれて良かったと改めて思う。
三人でしばらく歩いてたどり着いたのは、宝飾品を扱うお店だった。アクセサリータイプの魔道具も扱うお店だそうで、ウルたちも常連だから買い叩かれる心配はないと教えてくれたの。
早速身に付けていたアクセサリー類を全て外し見てもらっていると、ギルド長の部屋に置いてきたラルクが私たちを追いかけてきた。
「こっちにいたのか。てっきり質屋かと思ったらいないから驚いた」
「ああ、エルちゃんが全部キッチリ売り払いたいって言うから、ここに連れてきたんだ」
まさかラルクが追いかけてくるとは思わなかった。しかもわざわざ探して来たなんて。冒険者ギルドで聞いた通り、ラルクは普段一人で動いているそうだから、ウルたちと別行動したっていいと思うけれど、よほど暇だったのかしら?
「エル、いいのか?」
ラルクが来た事を不思議に思いつつも、どんな値段が付くかとワクワクしていたら、ラルクが心配そうに問いかけてきた。
いいのかって、どうして質屋に持っていかないのかって事よね?
「ええ、いいの。買い戻す気はないし、少しでも高く売りたいから」
「……そうか」
このアクセサリー類は全てイルネオからもらった物だ。といってもイルネオ個人からではなくて、ファンゼン公爵家から頂いた物だった。
婚約の記念にと贈られたこれは、そもそも何かあった時の保証金のようなもので、向こうから婚約破棄されたのだから返す必要もない。
むしろいつまでも見ていたくもないし、さっさと手放したいのが本音だ。逃げ出してから身に付けたままでいたのもその方が無くさないからというだけでしかなかった。
ラルクは変な顔をしてるけれど、これ以上詳しく話す気はない。婚約破棄されたなんて言ったら、絶対笑われそうだもの。
それにもう私は冒険者のエルメなんだから。これを元手に色々準備しなくちゃいけないし、何はともかくお金が必要なのよ。
「では、こちらの金額でどうでしょうか」
「いいわ。それでお願い」
さすが公爵家からの贈り物ね。婚約記念品なんて買取価格は安くなりそうなものだけれど、それでもアクセサリー一式分として提示されたのはかなりの額だった。皮袋三ついっぱいにコインを詰めて渡される。
ここクラーロ王国の通貨はアルターレ王国と同じく、それぞれ大小ある金銀銅、計六種の硬貨だ。もちろんそのデザインは違うけれど、ウルたちから聞いた話だとアルターレと物価も大して変わらない。
これだけあれば装備を整えて日常品を揃えても、一ヶ月ぐらいは宿暮らしが出来るんじゃないかしら。少し節約すれば二ヶ月はこの町にいられるかもしれない。
その間に腕を上げればいいのよね。ある程度お金が貯まったら色んな町や国を旅してもいいかもしれない。夢が広がるわ。
「ずいぶん嬉しそうだな」
「当たり前でしょ」
ホクホク笑顔で受け取ると、ラルクが苦笑した。ウルたちが二級冒険者なんだから、きっとラルクもそれぐらいなのよね。そうするとたくさん稼いでるんでしょうし、このぐらいの金額は見慣れてるって事なんだろう。
本当はどう思ってるのかは分からないけれど、何だか馬鹿にされてるみたいで腹が立つわ。私だって元々伯爵令嬢だったしもっと大きな金額を見た事もあるけれど、今の私には大金なのよ。まあそんな事言えないんだけれど。
現時点での全財産を腕に抱えて歩く勇気はさすがにないから、キャティにお願いして魔法の鞄に入れてもらう。今日の宿に着くまで預かると言ってくれたの。他の荷物も預かってくれてるし、本当にキャティは優しいと思う。
「じゃあお買い物に行こう、エルちゃん!」
キャティに手を引かれて、まずは服を買いに向かう。下着とブーツは頂き物でしばらく過ごせるとしても、さすがにこのフリフリな服で戦うわけにはいかないもの。申し訳ないけれどこの服は売って、代わりに普段使いも出来て戦闘にも支障のない服を買いたい。
それから鞄も買わなくちゃね。あともちろんお財布も。
「ねえ、エルちゃん。これなんかいいんじゃない? 最近こういうの流行ってるんだよ」
「わあ、露出が多いけど可愛いわね。それに動きやすそう」
「でしょう? それにほら、防護魔法もかけられてるみたいだよ。あ、もう一つあるからあたしもお揃いにしようかな」
キャティがよく利用しているという服屋は、中古品を扱う店だ。冒険者は常に強い装備品に買い換えるから、こういった中古品の店には意外な掘り出し物が眠ってる時もあるらしい。
そんな中でキャティが勧めてくれたのは、関節部分となる肩や肘は開いているけれどその他は体にピタッとした形のシャツ、そしてかなり短めのスカートだ。これだけだと下着が見えそうだけれど、中にもう一枚履けばなかなかいいかもしれない。
貴族令嬢として足を出したり、体のラインを見せるのははしたないと教えられてきたからハードルは高いけれど、キャティとお揃いというのはとても魅力的だ。
私とキャティは互いに服を合わせて、前向きに購入を考える。すると、ラルクがなぜか難しい顔で声を挟んできた。
「エルはやめとけ」
「どうしてよ」
「そういうのを着てるのは足の長い奴ばかりだ。キャティならいいが、お前には似合わないだろう」
「何ですって⁉︎」
確かにこの国だと私の身長は低いけれど! だからって足が短いって失礼すぎるわ!
けれどなぜか、ウルまで頷いてきて。
「キャティもやめた方がいいと思うよ。急な雨にでも降られたら、これじゃあっという間に中に水が入る。それにキャティは寒がりでしょ? こんなに足を出してたらきっと寒いよ」
「あー、そっかぁ。じゃあ、あたしはやめておこうかなぁ」
キャティが着ないのに私だけこれを着るのはちょっと辛いわね。ラルクに言い負かされたみたいで悔しいけれど、やめた方がいいかしら……。
複雑な気分になりつつ服を戻していると、ラルクがグイと別の服を差し出してきた。
「それよりほら、これにしとけ」
渡されたのは、少し高めの位置に切り替えが入った長袖のワンピースだった。膝丈のスカートに合わせるためなのかレギンスと、上に羽織るマントやベルト、ポーチ、財布まで揃えてくれている。
試しに合わせてみれば、悔しい事にとても可愛らしい。全体的に大人しめな色味だから子どもっぽくは見えないし、かといってレースや折り目が上品に配されているから地味でもない。
「マントには温度調節の魔法、ベルトには軽量化、財布には盗難防止。服にはもちろん防護魔法も付いてるぞ」
「……なかなかやるじゃない」
「まあな」
ラルクがフッと笑うから思わずドキッとしてしまったけれど、女物の服を選ぶのが得意って事はそれだけ遊び慣れてるのかしら。何だかモヤモヤとした気持ちになるけれど、これは自信あり気なラルクの顔が気に食わないからね、きっと。
「他にも必要なら俺が選んでやろうか?」
「結構よ!」
浄化魔法を覚えたからそんなに何着も必要ない。予備で似たようなワンピースとレギンスだけ自分で選び、さっさと会計を済ませる。ふと見てみれば、ウルとラルクがホッとしたような微笑みを浮かべていた。
別にこれを買うのはラルクが選んだからじゃなくて、たまたま私も気に入っただけだから! そんな嬉しそうにしないでよね!