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14:エルフとギルド長(ラルクス視点)

「孤高のエルフなんて呼ばれている坊やが、すっかり形なしだね」

「好きでそう言われてるわけじゃない」


 エルたちが部屋を去り二人きりになると、リュメールは愉快げに笑った。

 里を出て百年あまりになるが、同じエルフ族に会った事は数えるほどしかないし、この大陸に来てからは噂ですら仲間の存在を聞かない。今や俺を坊や呼ばわりするのは、俺より年上のリュメールだけだ。


 純粋な人族にも関わらず、寿命を捻じ曲げ長い生を得たリュメール。その選択には大きな喜びと希望があったのだろうが、あの日を境に孤独な日々を過ごしているのは俺と同じだ。

 あれから百年。俺を恨んでもいいはずなのに、リュメールは昔と同じく姉のように接してくれる。だからこいつの話を無下にする事は出来なかったが、だからといって納得出来るわけでもない。

 ――エルには危険な事など、何もさせたくなかった。


「なぜあいつの肩を持った」

「同族を助けるのに理由が必要かい?」


 切なさの混じるその答えに、思わず黙り込む。きっとこの言葉を自ら何度も飲み込む事で孤独な百年を耐えてきたのだろう、リュメールだからこそ重みのある言葉だった。


「そんな顔をするんじゃないよ。エルがあの子なんだろう?」

「ああ」

「なら坊やが骨抜きになっても仕方ない。だが、閉じ込めておくことも出来ないのだって分かってるんだろう。魔力量も桁外れだし、もう少し信じてやったらどうだい」


 苦笑したかと思えば、リュメールは言い聞かせるように話す。本人曰く最も美しい時期で成長を止めた見た目に反して、落ち着いた言動は姉どころか母親のようだ。本当にこの人には敵わない。

 気持ちを落ち着けるべく、冷め切った紅茶に手を伸ばす。


「分かってるさ。だから止めなかった」

「よく言うよ」


 ようやく絞り出した俺の言葉にリュメールはフッと笑うと、揶揄うように言葉を継いだ。


「それでどこまでやったんだい?」

「……っ⁉︎」


 思わず紅茶を噴き出しそうになった。いきなり何言いやがる!


「訳わかんねえことを言うな! あいつとは三日前に初めて話したばかりなんだぞ!」

「別にそんなの関係ないじゃないか。私なんか会ったその日に」

「やめろ! あんたの話なんか聞きたくねえ!」

「でも好きなんだろう?」


 不意打ちで聞かれた問いに口籠もる。するとリュメールは、はぁと呆れたようにため息を漏らした。


「昔はあれだけ見せつけてたのに、ずいぶん奥手だね」

「……エルは何も覚えていない」

「それが気になってるのかい。坊やは真面目だねぇ」


 別に俺は真面目なわけじゃない。むしろ俺は……臆病だ。


「エルとあいつは同じだが、違う」


 十年前、偶然見つけたあいつに胸が高鳴った。けれど同時に、絶望に突き落とされた。

 エルは、エルメリーゼは人族で、家族に囲まれて幸せそうに笑っていた。何の記憶も持たないまっさらなその笑顔は美しく、その完成された世界にエルフの俺が踏み込む隙なんてない。なかったはずだった。


「今のあの子は、アルターレの伯爵令嬢だったね。まあ確かに、身分の問題もあるか」


 身分どころか種族の問題だ。だがそれはリュメールに言った所で、だからどうしたの一言で片付けられてしまうだろう。


「なぜ国を出たのかは聞いたのかい?」

「本人は何も話してない。だが、あいつの家とは連絡を取った」

「特級冒険者としてか。それで向こうは何だって?」

「しばらく預かってほしいと。あいつは……城を壊したらしい」

「それはすごいね」


 爆笑し出したリュメールに思わずため息が漏れる。いくらエルの魔法がアレでも、さすがに理由もなく城を壊したりはしないはずだ。

 それに十年前と違って、時折笑顔に翳りがあるのが気になる。まるで前を向く事で、何かの痛みを誤魔化してるように見えるんだ。妙に強情な所も自分の心を守るためなんだろうし、一体なぜそんな事になったのか。


 理由を知りたい所だが、まだ俺たちにそこまでの信頼関係はない。だから話してもらえなくても仕方ないのは分かるが……今のこの関係性が、どうにももどかしかった。


「まあ何にしても、坊やが守ってやればいいさ。……今度こそね」

「言われなくてもそのつもりだ」

「何かの時は私も手伝うから、遠慮せずお言い」

「ああ、頼む」


 リュメールにはどこまで見透かされてるんだろうか。だが、俺だってもうガキじゃない。


「それからアレも、今まで通りに頼むな」

「別に私一人でもいいんだよ」

「あいつが見つかったからって、無かったことにはならない。それに憂いは消しておくべきだろう?」

「そうだね……。分かったよ」


 同じ心の傷を持ち、共に孤独な百年を過ごした。けれど俺の元にはあいつが戻ってきて、リュメールの元には戻らない。

 それでもこうして気遣ってくれるんだから、やっぱり頭が上がらないな。


「あの子たちは買い物に出かけるみたいだね。坊やもそろそろ行きな」

「買い物か……面倒だな」

「素直じゃないねぇ」


 クスクスと笑うリュメールを残して部屋を出る。伝えるべき事は伝えた。あとはエルを、今度こそ失わないように見守るだけだ。

 魔物との接触も避けられないなら、もう少し鍛えてやるべきなのかもしれない。しばらくは忙しくなりそうだがその分そばにいれる口実を作れると思うと、悪い気はしなかった。

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