133:割命の秘術
翌日、私とラルクは大婆様の元へ向かい、魔族探しは手伝わないと話した。ガッカリされるかと思ったけれど、意外な事に大婆様は快く受け入れてくれた。
私たちは実際にトルトゥラを倒している。経験もあるから戦力として期待していたのは事実だけれど、エリーさんの事もあったからラルクと私が魔族に近付くのは心配でもあったそうだ。
「ラルクスはもう充分使命を果たしておるよ。世界のことは気にせず、ゆっくりすればいい」
「悪いな。そうさせてもらうよ」
ラルクは私の肩を抱き寄せて、堂々と笑った。そうして寿命を分ける決意をした事も話すと、大婆様だけでなく、エルマーやエルマーのご両親も喜んでくれた。
「ようやく覚悟を決めたんだな」
「お幸せにね」
祝福してくれたエルマーたちの眼差しは、まるで家族のように優しくて。何だか胸が温かくなって、私は笑って頷いた。
ラルクの知り合いだからか、この里の人たちは本当に私に良くしてくれる。まるで第二の故郷だわ。いつかアルターレの家族と別れる事になっても、ラルクとこの人たちがいてくれるなら寂しくならないんじゃないかしら。
そうしてその日、まだ昼間だったけれど大婆様たちは宴まで開いてくれて、お義父さんやお義母さん、リーバルも長老の家に集まった。
エルフ族に結婚式はないけれど、人族の私を気遣ってくれたんだと思う。
宴といっても、人族のそれと違って変化を好まないエルフ族だから静かなものだ。馬鹿騒ぎなんてするはずもなくて、沈みゆく夕陽を眺めながらのんびりお酒と食事を楽しんだ。
「二人ともお前に惚れるとか、どうなってるんだよー。僕じゃどうしてダメなんだぁ」
醜態を晒したくなくて、私は今回お酒を飲まなかったけれど。いつも私もこんな風にラルクに迷惑をかけているのかしら。
独り身のリーバルはラルクに先を越されたのが辛かったのか、葡萄酒をやけ酒のようにガブ飲みした後、ラルクに管を巻いていた。
「知るか。邪魔だから離れろ」
「僕も外に出れば良かったのかなぁ。そうしたら、僕が先にエルメリーゼを見つけてたかもしれないのに」
「残念だったな。そうなってもお前には譲らない」
「酷いよー。慰めてくれよー。親友だろー」
「親友ならエルに余計なことを話すな。お前のせいで大変だったんだぞ」
何だかんだ言いつつも、ラルクはリーバルを介抱してあげている。こういうさり気なく優しい所が好きなのよね。
そんな事を思いつつ料理に舌鼓を打っていると、珍しく起きてお酒をチビチビと飲んでいた大婆様が語りかけてきた。
「それでエルメリーゼ。魔法はいつやるんじゃ」
「里を出る前にはするつもりです」
「何を呑気な。もうさっさとやっておいで。あの子の決意が揺るがないうちに」
大婆様の声はそう大きくはなかったと思うけれど、ラルクにはしっかり聞こえていたみたい。ラルクはリーバルをエルマーに押し付けて、私の隣へ腰を下ろした。
「そんな心配しなくても決めたんだから、俺の気持ちは変わらないよ」
「それでもこの婆の目が黒いうちにやってもらわんと、安心して眠れないんじゃ」
「……ったく。すぐにくたばるわけでもないだろうに」
大婆様に背中を押されて、ラルクは苦笑しつつも私を連れ出してくれた。割命の秘術はどこでだって出来るけれど、里には一応それ専用の場所があるらしい。
でもそこへ行く前に、少しやりたい事があるのよね。
「ねえ、ラルク。エリーさんのお墓はここにないの? もしあるなら、ちゃんと挨拶してからにしたいんだけれど」
私がラルクをもらってしまう前に、礼儀としてお墓参りをしたいと思っていたのよ。
けれどそう言うと、ラルクは困った様子で頬をかいた。
「あー、悪いがないんだ。というか、俺たちエルフには墓自体がない」
「えっ、お墓がないの?」
「俺たちの祖は精霊だからな。死んだら体は自然に還り、魂は精霊に戻って世界を巡る。そうしていつか、肉体を得てまた生まれてくると言われているんだ」
「精霊に……。じゃあ、この辺にエリーさんもいるかもしれないってことね?」
「……まあ、そうなるな」
ラルクは精霊を見れるのに困惑した顔のままだから、実際にはそばにいたりはしないのだろう。それでもどこかにいるエリーさんに向けて、私はラルクを必ず幸せにすると誓った。
そんな私を見ていたラルクは、照れ臭そうに耳を赤くしていた。
「そんな大真面目に言う必要ないんだがな」
「私がやりたかったんだからいいのよ。ケジメなんだから」
「分かったよ。それで満足したか? もう行くぞ」
「ええ」
向かった先は、精霊樹の片隅にポッカリと空いた洞の中だった。
幹の割れ目からキラキラと月光がこぼれ落ちる樹洞には、所々から若芽が伸びている。けれど地面は土ではなく、綺麗に磨かれた石床になっていた。
そこへラルクは、自分の血と私の血を使って魔法陣を描いていく。本来は魔法陣なんて必要なくて、古代魔法特有の長い詠唱で出来るんだけれど、面倒だったからか長い歴史の中で魔法陣を使うようになったそうだ。
魔法陣が出来上がると、私とラルクはその上に立ち、一つの精霊樹の実を二人で分けて食べた。
「これで準備は終わりだ。本当にいいんだな?」
「もちろんよ。よろしくね、ラルク」
「ああ。愛してる、エル」
両手を繋ぎ合わせて唇を重ねると、魔法陣が起動した。足元から光と共に風がふわりと上がって、左手首に何かが巻きつく。
全てが落ち着いてゆっくりと目を開けると、手首にはぐるりと蔓のような紋様が刻まれていた。
私の証はラルクの瞳と同じ金色で。ラルクの証は私の瞳と同じ赤紫色に染まっている。私のはいいとして、ラルクのは少し禍々しく見える気がするけれど、ラルクは嬉しそうに目を細めて証にキスを落とした。
「これで繋がったな」
この無駄に色気を垂れ流すのは何なのよ! とてもじゃないけれど直視出来ないわ。
すると、真っ赤になっているうちにラルクに引き寄せられ、熱烈に口付けられた。
手首以外に変化はなくて、本当に寿命が伸びたのか実感はなかったのだけれど。息苦しくなるほどのラルクの喜び様に、ちゃんと同じ寿命になったのだと受け入れるしかなかった。
周りに誰もいなくて本当に良かったわ。




