114:ギルド長の思い出
昨日はお休みしてごめんなさい。
このままラストまで毎日更新で行けたらと思います。
お世話になったバルミラとリゲロに別れを告げて、私とラルクは翌朝エルフの里を出た。帰りも護衛依頼を受けたけれど、そのうちのいくつかは行きで護衛した商人からの指名になったから嬉しかった。
数日かけてフルムの町へ戻ると、私たちは真っ直ぐにギルド長の元へ向かい、里での事を話した。次は王都に精霊樹の雫を届けたら、そのままラルクの故郷へ向かう事になる。長旅になるから、ギルド長と話せるのもこれを逃すと一年後になるだろう。
そんなわけで報告を終えた今、私はギルド長と二人きりで向かい合い紅茶を飲んでいる。テーブルの上には、先ほどまでラルクが飲んでいたカップも置かれたままだ。
ラルクは先に部屋を出るのを渋ったけれど、ギルド長が「エルの母親から結婚式のドレスについて相談が来ているんだ。男が話に混ざるんじゃないよ」と説得してくれた。ラルクは一階で、ウルとキャティが依頼を終えて帰ってくるのを待っているはずだ。ウルたちも王都へ一緒に行くと決めたから、出発の日時や旅路で必要な品の確認など、すり合わせが必要な事前準備がたくさんあるのよ。
「それで、話っていうのは何だい?」
ラルクの魔力が完全に一階で落ち着いたのを確認して、ギルド長は静かにカップを置いた。
実家から結婚式の相談なんて、本当は来ていない。ラルクは知らないけれど、お母様たちが任せろと言った時は本当に私には一切触れさせてもらえないのが常だもの。そんな連絡なんて来るはずがないのよ。
それなのに嘘を言ってまでギルド長が二人きりの時間を作ってくれたのは、私が事前に手紙を送って頼んでいたからだ。ラルクには内緒で、話したい事があると。
「いくつかギルド長にお聞きしたい事があるんです」
「可愛い後輩の頼みだ。何でも聞いておくれ。私に答えられる事なら話すよ」
「ギルド長がエルフ族と結婚していたって本当ですか? アルターレの姫君だったというのも」
私もカップを置いてギルド長を見つめる。ギルド長はゆったりとソファに座ったまま、フッと微笑んだ。
「誰かに言われたのかい?」
「はい、エルフの里で。バルミラさんという方とお会いしたので」
「その話を信じてるわけだ」
「実際、ギルド長は霊峰の結界を張り直していました。王宮では、第二王子殿下とも親しく話されていましたよね?」
アルターレ王家にしか伝わっていない結界。そして殿下が、ギルド長をエスコートした事。ギルド長がアルターレの王族だったのなら、それら全てに説明がつく。
それに私はあの時、確かに聞いたのよ。トルトゥラを倒したギルド長が「ピオネー」と呟いていたのを。
私の問いかけに、ギルド長は背筋をスッと伸ばした。
「なるほどね。そこまで確信してるなら、わざわざ聞く必要はないんじゃないのかい」
「そうですけど、ラルクがそれを隠そうとしていたんです。ギルド長にはお辛いことでしょうが、ラルクが私に隠す理由を知りたいんです」
エルフ族と結婚していたギルド長は、私にとってエルフの嫁という立場の先輩になる。
人族とエルフ族の姿形は似ているけれど、今回里へ行った事で考え方や価値観の違いがあると分かった。ラルクは外での生活が長いから、あまり気にする必要はないのかもしれないけれど、夫婦となって共に暮らせばどうなるか分からない。
その辺りで不自由しないためにも、本来なら先輩のギルド長から結婚生活についての話を聞いておくべきだと思う。
けれどそれをラルクは隠そうとしていた。もしそれが伴侶を亡くしたギルド長を傷付けないためなら、たとえバルミラが話したとしてもわざわざ止めたりせずに、ギルド長から話されるまで知らないフリをしておけとでも言えばいい。
でもそうしなかったから、何かそこに不都合でもあるのかと勘繰ってしまうのよ。
「あの子に悪気はないと思うよ」
「それは分かってます。愛情を疑ってはいないので。でも、もし何かがあるのだとしても、一人でどうにかしようと思ってほしくない。ちゃんと話して、私にも一緒に背負わせてほしいんです」
ギルド長の事だけじゃなく、精霊の事もある。ギルド長は人族だから、私が精霊に好かれてるなんて話をしても伝わらないだろうから言わないけれど。たとえそれが何であれ、秘密にされてしまうのは嫌だと思う。
そう気持ちを込めて訴えると、ギルド長は切なげな笑みを浮かべた。
「……そうかい。口止めされていたんだけどね。そこまで言うなら話そうじゃないか。エルがバルミラから聞いてきた話は、全て真実だよ。私はアルターレで王女として生まれ、エルフ族と結婚した。もう二百年以上前の話だけれどね」
覚悟はしていたものの、ギルド長の話は驚くべきものだった。
幼い頃からお転婆だったギルド長は、成人すると王女でありながら王宮魔導士団の一員として活躍していたらしい。けれど十八歳の時、アルターレに来ていた冒険者ピオネーに一目惚れし、駆け落ち同然で国を出たそうだ。
「今回のエルたちと同じだよ。氾濫した魔物の制圧にあの人は来ていたんだが、そこで私たちは恋に落ちた。お互いに一目惚れで、彼は報酬にと私を望んでくれた。貴族たちからは反対の声もあったが、家族は応援してくれてね。私は彼の手を取り、国を出た」
人族至上主義のアルターレで、エルフ族に王女を嫁がせる事は難しかったらしい。それでも当時の国王や身近な人々の後押しもあり、密やかに二人は国を出たそうだ。
「幸せだったよ。二人で冒険者として色んな国々を回ったんだ。でもそれも、百年前に終わってしまった」
新婚期間が十年もあるエルフ族なのだから、きっとギルド長も深く愛されたのだろう。それなのに、トルトゥラにピオネーが殺された事で幸せな生活は終わってしまったのだ。
「本当にギルド長は二百歳を超えてたんですね」
「あまり歳の話はしたくないけれどね。私は今、二百二十三歳だよ」
「どうしてそんな事が……」
ギルド長の見た目は、私と同年代のようにしか見えない。困惑する私に、ギルド長は理由を教えてくれた。
「私が人の理を外れたのはね、ピオネーの命をもらったからなんだ」




