108:久しぶりの仲間たち
ギルド長との話を終えて一階へ降りると、あれだけいた冒険者たちはほとんどいなくなっていた。自分たちには出来ない依頼だと知って、期待していた分だけショックも大きかったようで、今はみんな酒を飲みに出掛けてしまったらしい。
それでもギルド併設の酒場には、それなりに人が残っていた。その中に懐かしい顔を見つけて、思わず駆け寄った。
「ウル、キャティ!」
「エルちゃん! おかえり!」
「本当に帰ってたんだね!」
ウルとキャティはつい先ほど依頼を終えて戻ってきたばかりだそうで、あの騒ぎの時にはいなかったようだ。それでも私たちがその場にいた事や何があったのかは、誰かから聞いていたらしい。私とラルクを快く同じテーブルに誘ってくれた。
「無事に帰ってこれて良かったけれど、もっと時間がかかるかと思ってた。大丈夫だったの?」
「うん、色々あったけれどね」
食事や飲み物を注文しながら、簡単にアルターレでの出来事を話す。霊峰での事はまだ他言しないよう言われているけれど、ドラゴン討伐についてや私の実家の事は別だ。
私が冒険者を続ける事も無事に許してもらえたと話すと、二人は我が事のように喜んでくれた。
「それにしても何かあったのかな。二人の距離が近いように見えるけれど」
私は果実水を飲んでいるけれど、ウルたちはもちろんラルクもお酒を飲んでいる。一通り話し終えた所で、ニヤニヤとした顔でウルが問いかけてきた。
ラルクとはこれまでと変わらない感じで話してるはずなのに、どうして分かったのかしら。酔ってるから揶揄っているの? 何だか気恥ずかしくなってしまうわ。
でもどうやら、特に私たちを見てそう思ったわけではなかったみたい。キャティが甘えるように、私の腕に尻尾を絡ませてきた。
「さっきこんな風にエルちゃんがラルクに寄りかかってたって、アッシュが泣いてたよー」
「アッシュ君が?」
「今はプロトたちに慰めてもらってるんじゃないかなー」
あの騒ぎの場には、狼獣人のアッシュ君とプロトたちがいたらしい。でもどうしてそれで泣くのかしら。どう答えていいのか分からず困っていると、ラルクがフッと笑った。
「それも良い経験だろう。エルは気にしなくていい」
「そうなの?」
「ああ。それで、俺たちのことだがその通りだ。婚約してきた」
「おっ! やっぱりそうなのか!」
イマイチ納得いかないけれど、ラルクの言葉にウルたちが食いついたから、それどころじゃなくなってしまった。
「エルちゃんの家族にも会ったんだろ? 娘さんを下さいってしたのか?」
「人族って嫁取りの時はお父さんに殴られるんだよね? エルちゃんのお父さんなら魔法で吹き飛ばしそう!」
「そんなことされねえよ。お前らどこで聞いたんだよ、そんな話」
こんなあっさりと話されるなんて思わなかったけれど、ラルクは嬉しそうに笑ってるし、文句も言えない。こうなるなら、私もお酒を飲んでおけば良かった。素面でこんな話をするなんて、恥ずかしすぎる。
「あー! エルちゃん、顔真っ赤になってる! 可愛いー!」
「そんなことないわよ!」
「でも嬉しいんでしょー? 幸せそうだもんねー!」
「あんまり言わないで! 撫でちゃうわよ!」
「うにゃー! 気持ちいいよぉー! もっとぉー」
酔ったキャティは質が悪すぎるから、黙らせるために思いきり撫で回す。さらに酔いが回ったらしく、キャティはすぐにゴロゴロと喉を鳴らし始め、やがて眠ってしまった。
「容赦ないなぁ、エルちゃんは」
「ウルも撫でてあげましょうか?」
「いや、俺は遠慮しておくよ。ラルクに殺されそうだし」
冗談で言ったのにウルが肩をすくめたから、まさかと思ったけれど。ふと見てみれば、ラルクが不機嫌そうにしてるから思わず笑ってしまった。
「もしかして妬いてくれたの?」
「ああ、妬いたな。文句あるか?」
「ないわよ。悪かったわ」
不謹慎かもしれないけれど、妬いてくれるなんて思わなかったから何だか嬉しくなってしまう。
一応謝ったけれど、ラルクは顔を歪めたままお酒を飲むから、私は頬が緩みそうになるのを堪えるのに苦労した。
その後もウルとは色々話したけれど、キャティが眠ってしまったからそう時間を置かず食事会はお開きになった。ウルは慣れた様子で眠るキャティを抱え上げ、ニッコリ笑った。
「じゃあな。また依頼を受ける時は俺たちも誘ってくれよ。エルフの里には行けないが、王都には行けるから。どうせ何か依頼を受けつつ行くんだろう?」
「ああ、そうなるだろうな。その時は連絡するよ」
「またね、ウル!」
ラルクと一緒に二人を見送って、私たちも歩き出す。前に泊まっていた宿は、アルターレへ向かう時に引き払ってしまった。
今夜の宿はまだ取っていないから、これから探さなくてはならないのよね。
「空きはあるかしら?」
「どうだろうな。もし一部屋しかなかったら、一緒に泊まるか?」
「えっ⁉︎」
思ってもみなかった言葉に、一気に顔が熱くなる。考えてみれば、両思いになってから初めて二人きりになるんだわ。
「なんだ、俺のことは撫でてくれないのか?」
「なっ、なでっ……!」
「冗談だよ。本当に真っ赤で可愛いな」
耳元で囁かれて思わず距離を取ると、ラルクは揶揄うように笑った。さっきウルに言ったのは、そういうつもりじゃなかったのに!
「ラルクって本当に意地悪ね!」
「嫌いになったか?」
「なるわけないでしょ! 悔しいけど!」
嘘だけは言いたくないから正直に答えたけれど、肩を抱き寄せようとする手は思いきり引っ叩いた。それにもラルクは笑っているから、余裕のある顔にムッとしてしまう。
それでも好きなんだから、我ながら本当に重症だと思うわ。




