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105:忍耐エルフと世話焼きギルド長(ラルクス視点)

 ガドリルから言われていたから歓迎されると思っていたが、正直ここまで喜ばれるとは思わなかった。

 エルの家族の目の前で俺がプロポーズした事で、ガーシュ家の屋敷では婚約祝いだと賑やかな晩餐が開かれている。


 どうやらこの家の女性たちは皆、酒が好きらしい。食事が終わってもエルを含めて誰もがグラスを離さず、楽しげに笑って飲み続けている。これだけで終われば平和なのだが、酔うと絡んでくるのが困りものだな。

 エルのどこに惚れたのかという質問攻めにあい、夫婦円満の秘訣を話していたかと思えば、ここしばらく屋敷へ帰れていない夫たちの愚痴も聞かされるから面倒な事この上ない。

 とはいえエルの家族だから無下には出来ない。俺は当たり障りのない返事をしつつ受け流し、ひたすら終わりを待ち続けた。


 エルには驚かれてしまったが、俺は最初から結婚まで見据えて告白していた。霊峰を出る前に、正式な婚約手続きについてガドリルと話してきたと知ったら、エルはどんな顔をするだろうか。

 今こうして騒いでる夫人たちだって、ガドリルから連絡をもらっていたのだから、こうなる事は知っていたはずだ。特に反対もせずすぐに祝いの席を設けられたのも、下準備をある程度終えていたからだろう。


 俺はこれからエルを国外に連れ出すし、そうなれば彼女たちはエルとなかなか会う事も出来なくなる。俺は一応貴族だがそれも遠い国での話で爵位も低く、基本的には冒険者として暮らす事になる。それらを考えると、俺は伯爵令嬢の貰い手としては本来忌避される存在だろう。

 それでもここまで熱烈に歓迎してもらえるのは、エルの元婚約者のおかげとも言える。トルトゥラに操られたりと厄介事ばかり引き起こした相手ではあるが、この点だけは感謝してもいいのかもしれない。


 盛り上がる四人から少し距離を置き、たった一人居心地の悪さを感じながらそんな事を考えていると、ようやく用事を終えたのかリュメールがリュケルに連れられて屋敷へやって来た。


「どれ、お邪魔するよ。しかしずいぶん賑やかだね」

「ただいま。まさか酒盛りをしているなんて……。ラルクスさん、どういうことですか?」

「俺とエルの婚約祝いだそうだ」

「はぁ⁉︎ 婚約⁉︎」


 城に篭っていたらしいリュケルには、私的な連絡は届いていなかったようだ。唖然とするリュケルを、新しい生贄が来たとばかりに女性たちが囲い込んだ。


「ラルクスがエルをもらってくれるんだってよ」

「弟が出来るわね、リュケル」

「ほら、あなたも飲みなさい。乾杯よ、乾杯」

「ええ、頂きますが……。エル、いつの間にこんなことに?」

「それがね、さっきなのよ! 私もびっくりなの!」


 大人しく引きずられていくリュケルに、エルがニコニコと答えている。普段なかなか素直な顔を見せないエルが嬉しそうにしているのを見ると、何とも言えない温かなものが胸を満たしていくのを感じた。

 色々と悩んだが、エルの笑顔をそばで見る権利を得られたのだ。気持ちに正直になると決めて良かったと思う。


 すると不意に、リュメールが口を開いた。


「婚約、か。そこまで覚悟を決めたのか」


 この屋敷に来たのは初めてだろうに、さすがというべきかリュメールは堂々と夕食の席に着いた。給仕がすかさず料理を運び、リュメールは洗練された所作で食事を始める、

 同じく食事を始めたリュケルを、エル達は相変わらず囲んで騒いでいる。あの様子なら、俺たちが何を話しているのかなんて全く聞こえないだろう。

 その事に少し安堵して、俺はリュメールの問いに緩く頷いた。


「ああ、決めてある。お前の思ってるものとは違うが」

「あんなに苦しんでたのに、いいのかい?」

「構わないさ」


 これまで何度も自分に問いかけて来た事だ。もう一度エルを看取るなんて、下手すれば心が狂ってしまうかもしれない。それでも今この時、彼女を放したくないと思ったからプロポーズした。それだけだ。


「それはやっぱり、私のことがあるからなのかい?」


 切なげなリュメールの言葉に、思わず苦笑が漏れる。実際、リュメールのようにしたくないという気持ちはあるから、完全には否定出来ないが。だからといって、正直に答えるのは憚られる。

 それにこれは、ここで口にしてほしくない話題だった。万が一にも、エルに気付かれたくない。


「エルには言わないでくれよ」

「あの子なら大丈夫だと思うが」

「それでもだ。俺は今があれば、それでいい」

「……分かったよ」


 ハッキリ告げると、リュメールは静かに頷いた。心配してくれるのは有難いが、エルには負担をかけたくない。

 人族のエルと過ごす時間は、エルフ族の俺からすれば本当に短い時間になるが、それでも後悔はないと言い切れる。

 今はただ、この幸せな時を存分に心に焼き付けたいと思う。また一人残された時に、何度でも思い出す事が出来るように。

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