10:異国の町
村を出て三日目。楽しみにしていた町がようやく遠目に見えてきた。
この三日間はなかなか大変だったけれど、十六年の人生の中で最も充実した日々だったと思う。
ラルクに課された猛特訓はかなり厳しかったけれど、おかげでだいぶ魔力コントロールは身についた。生活魔法も色々と教えてもらったし、ラルクの料理も見て盗んだ。
残念な事に無詠唱と収納魔法は覚えられなかったけれど、やり方とコツは教えてもらったから、後はもっと繊細な動きも出来るように特訓を続けていくだけだ。
こんな事、アルターレ王国にいたら知る事も出来なかったと思う。本当に得難い時間を過ごせたわ。
そして何より、ラルクたちと過ごすのは心地良くて楽しかった。魔物が出てきてもウルとキャティがあっという間に倒してしまうし、ラルクの料理は美味しいし。
何年かぶりに、誰かの目を気にする事なくのんびりとした時間を過ごす事が出来た。あの森で三人に出会えて幸運だった。
「みんな、ありがとう。連れてきてくれて」
「どういたしまして!」
「エルちゃんがいてくれて、俺たちも楽しかったよ」
素直にお礼を言うと、キャティとウルはにっこり笑ってくれた。けれどラルクは、疲れたようにため息を漏らした。
「お前たちはそうだろうな。俺に苦労を押し付けやがって」
「俺たちじゃ魔法は教えられないからね」
「俺だって生徒がもう少しマシなら楽だったんだがな」
あーもう、本当にラルクって一言多いわね。確かにラルクには色々迷惑かけたわよ。
魔物退治をするウルとキャティを手伝おうと攻撃魔法を放って、うっかり魔物を爆散させてしまったり、ラルクの真似をしてハーブを入れてスープがとんでもない色になったり……色々あったのは認めるわ。
でもだからって、そこまで言わなくてもいいんじゃない⁉︎
「私だって、もっと優しい先生の方が良かったわよ」
「何を言ってるんだか。俺でこれだけ疲れてるんだぞ? そんな先生だったらとっくに心臓が止まってるよ」
「何ですって⁉︎」
どうしてか、いつもラルクとはこんな風に言い合いになってしまう。最初は止めていたウルとキャティは、今では何も言ってこない。
むしろ、微笑ましいものでも見るような目をされてしまって。
「また始まったな」
「二人とも仲いいねぇ」
「仲良くなんてないわよ!」
私とラルクは睨み合ってるのに、ウルたちに好ましそうに言われる意味が分からないわ。でもいくら否定しても流されるだけだし、怒り続けるのも疲れるから、結局このままなのよね。
ラルクも何か言ってくれたらいいのに、何も言わないし。
「エル、いつまでもそんな顔してると皺になるぞ」
「誰のせいだと思ってるのよ!」
この余裕の表情がまた腹立つわ。相手は二百歳以上も年上なんだから仕方ないんだけれど、何だか大人ぶってるように見えるんだもの。悔しくて仕方ない。
そうこうしてるうちに、私たちは町へ入った。ここへ来るまでの間に教えてもらった話によると、ここはアルターレ王国の東隣にあるクラーロという国で、国境近くにあるこの町はフルムという名前だそうだ。
私がラルクたちと出会った国境沿いに長く広がる大森林の他にも、この辺りには魔物が出る場所がいくつもあるそうで、たくさんの冒険者たちが根城にしているらしい。他にもこの町のすぐ近くに温泉地があるそうで、そこを目当てにした観光客も立ち寄る人気の町だった。
みんなそれぞれ、これから温泉や魔物狩りに行くのかな。門を潜って最初に出た大通りは、まだ午前中の早い時間なのにかなりの人出だ。
フルムの町の住民の三割が獣人だそうで、聞いていた通り街行く人々の頭には様々な動物の耳がある。キャティみたいに長い尻尾を持つ人たちもいて、ユラユラ揺れる尻尾が可愛らしい。
残りの七割は見た目は人族なのだけれど、その中で純粋な人族は一割にも満たないんだとか。
不思議なもので、獣人同士だと子どもは大抵どちらかの親の特徴を継ぐらしいけれど、獣人と人族の間に生まれた子は見た目は人族で能力は獣人の物を受け継ぐらしい。
この見た目は人族だけれど能力は獣人族という人々はハーフと呼ばれていて、世界中にいる人族の半数はハーフだと言われているそうだ。
ハーフやハーフの血を継いでいる人々は、獣人族から受け継いだ力の名残りなのか体格が大きい人が多くて……。確かにこんな人族ばかり見ていたら、ウルたちが私を子どもと勘違いしたのも仕方ないのかもしれない。複雑な気分だけれど。
そんな事を考えていると、不意にウルが振り向いた。
「エルちゃん。先に冒険者ギルドに寄らせてね。依頼完了の報告をしたいから」
「分かったわ」
冒険者ギルド! どんな所なのか興味があるわ。それに冒険者になりたいとも思ってたし望む所よ。
ニコリと笑顔を返すと、ウルとキャティはスイスイと人波を縫って歩き始めた。二人は目立つけれど、大柄な人が多く歩いているからついて行くのは大変ね。
「エル、手を」
「えっ、何⁉︎」
「逸れて迷子になったら面倒だ。行くぞ」
どうにか遅れないようにと頑張って歩いていたら、突然ガシッとラルクに手を掴まれて引き寄せられた。
子ども扱いされているみたいでムッとしたけれど、ラルクが前を歩いてくれるからとても歩きやすい。これはやっぱり、お礼を言わなきゃダメよね。
「……ありがとう」
「何だ? 何か言ったか?」
「何でもないわよ!」
せっかくお礼を言ったのに、騒がしさで聞こえなかったなんてガッカリしちゃうわ。
ほんの少し八つ当たりで繋いだ手に力を入れたけれど、筋肉の少ない私の手じゃ痛くもないのかしら。ラルクは優しくギュッと握り返してきて、フッと笑った。
別に私は、逸れるのが不安で力を込めたわけじゃないんだからね!