1:始まりは婚約破棄から
喧嘩するほど仲が良いカップル目指して書いていきます。
よろしくお願いします!
「うーん、味がしないわ。やっぱり塩がないとダメね」
苦労してどうにか焼いた魚を口にして、その味気なさにため息を吐く私。エルメリーゼ・ガーシュ、十六歳。元伯爵令嬢で魔法使い、今は家出人。そしてたぶんお尋ね者で、ほぼ間違いなく迷子……。
うん、肩書きが多すぎるわね!
そんな私は今ドレス姿で、森に流れる川のほとりにいたりする。
元々ドレスはあまり好きじゃないのに、靴の踵は河原の小石に挟まれるし、ヒラヒラした裾は焦げるしで散々だけれど、何より隠しポケットにハンカチしかない事が悔やまれる。
次からは必ず塩の小瓶を入れましょう。まあ、もう二度とこんなドレスを着る事はないと思うけど。
こんな事になったのも全部元婚約者のせい。あーもう。ぶっ飛ばしてきたのに、昨夜の事を思い出したらまた腹が立ってきたわ……!
きっとこれも空腹のせいね。早く食べて気持ちを落ち着けないと。
我慢して味のしない魚を口にするけれど、苛立ちは全く収まらない。ああ、王宮のお料理食べたかったなぁ。
*
昨夜私は、王宮で開かれた第二王子殿下の誕生日を祝う夜会に、母と一番下の兄と共に参加していた。
本当は婚約者の公爵子息イルネオ様と一緒に参加するはずだったけれど、約束の時間を過ぎても迎えに来なかったのよ。普通に考えれば連絡もなしに遅れるなんてあり得ない話だけれど、まああの人の事だから仕方ないかとも思った。
何せイルネオ様とは王命で婚約しただけで、私たちの間に愛なんてなかったから。それどころかむしろ、私は嫌われていたと思う。
我が家は代々騎士の家系で、父は伯爵で騎士団長。三人いる兄も全員が騎士で、母も元女騎士だ。
何かといえば「筋肉は裏切らない」という分かりやすい家訓で育った私も、小さな頃は騎士になりたいと思っていた。残念ながら私は筋肉が付きにくいみたいで、代わりに魔力量が多かったからそれは叶わなかったけれどね。
それでもお父様たちの鍛錬を見様見真似で真似するようなお転婆娘だったから、イルネオ様には「野蛮だ」と文句を言われた。
それ以来少しでも受け入れてもらえるように、かなり頑張って淑女の仮面を被るようにしたけれど、それでもイルネオ様は心を開いてくれなかった。
だから連絡もなしに約束をすっぽかされても、すぐ気持ちを切り替える事が出来た。
でもだからって、まさか婚約者が別の女性を連れて夜会に来るとは思わなかったけれど。
「エル、もう帰らないか?」
「何言ってるのよ、小兄様。パーティーは始まったばかりじゃない。お母様だってまだ挨拶回りの途中だし、今日は小兄様のお相手も探さなくちゃでしょう?」
「いや、それはそうなんだが」
「私のことなら心配しなくて大丈夫よ。お友達とお話してくるから……って、何あれ」
夜会が始まって、今日の主役である第二王子殿下にご挨拶を終えたばかりなのに、小兄様はいきなり帰ろうと言い出した。
二つ年上の小兄様と殿下は同い年で、殿下が幼い頃から剣の練習相手になっていたから仲が良いけれど、それでもこんなすぐに帰ったら失礼だと思う。
それに恋人も婚約者もいない小兄様は、今日の夜会で良い人を見つけるんだと意気込んでいたのよ。夜会の警備についているお父様や大兄様、中兄様も、そのために小兄様に休みをくれたのだから、帰るなんてあり得ない。
けれど遅れてやって来たイルネオ様を見て、なぜそんな事を小兄様が言い出したのかすぐに理解出来た。彼は可憐な令嬢を連れていたから。
「小兄様、帰ろうと言い出したのはあれのせいね?」
「あー、エル。あのさ」
「大丈夫よ。自分で話をつけるから」
「いや、それが良くないから帰したかったんだけど」
私とイルネオ様の婚約は王命なのよね。
騎士団の要となっているガーシュ家との繋がりを強化したいと、国王陛下が縁組を望んでいたけれど、残念ながら王家やそれに近い家に姫は産まれなかったし、二人の王子には生まれてすぐに婚約者が決まっていた。
だから私が八歳の時、王弟でもあるファンゼン公爵の長男イルネオ様との婚約が決まったの。私たちはちょうど同い年でもあったから。
そんなわけで、イルネオ様がどういうつもりなのかは分からないけれど、王家の夜会でこんな事をするのは非常に良くない。いや、他の夜会でもやっちゃいけないけれど。婚約者としては、責任持って手綱を握らないとね。
頭を抱えている小兄様を置いて、私は二人の元へ向かった。なぜこんな事をしているのか、イルネオ様から聞かないといけないもの。
けれど私が声をかける前に、イルネオ様は私に気付き睨みつけてきた。
「やはり来ていたか」
「こんばんは、イルネオ様。一体どういうおつもりですの?」
「ああ。しっかり説明してやるから、よく聞け」
私とイルネオ様が婚約している事は、この場にいる誰もが知っている。だからか、全く違う令嬢を連れてきたイルネオ様はすでに周囲の目を集めていた。そこへ私が向かったから、さらに注目が集まっている。
そんな中で、イルネオ様はニヤリと不敵な笑みを浮かべて令嬢の腰を抱き寄せた。
「俺は愛する人を見つけたんだ。よって、エルメリーゼ・ガーシュ! 俺はお前との婚約を破棄する!」
「……今、何と仰いまして?」
「だから、婚約破棄だと言っている! 貴様のようなつまらない女はウンザリだ! 俺の妻には、この可愛らしいマリアージュのような女性が相応しい」
マリアージュって、確か美人だと話題の男爵令嬢よね。私やイルネオ様と同い年だったはず。
噂も納得の彼女と比べたら、確かに私は平凡と言えるだろう。胸が大きくて女性らしい体つきの彼女と違って、私の胸はそれなりだし、手足は普通の令嬢より少しばかり筋肉質だ。魔力の多さを示す赤紫色の髪と瞳は、ワイン色で綺麗だと言ってくれる人もいるけれど血のようで不気味だと言う人もいる。
でもだからって、婚約破棄はない。大体、つまらないって何? イルネオ様……いえ、イルネオのあんまりな言い方にカチンと来た。
「つまらない、とは?」
「お前は大して表情も変えずに真面目なことばかり言って、愛嬌の欠片もない。これで結婚なんかしたら、息が詰まって生きていけないだろう。だからお前とは結婚しない。分かったか?」
表情を変えないのは、大口を開けて笑うなとか、泣くな煩いとか散々あなたが言ったから、淑女らしく常に微笑んでいられるように努力しただけ。
真面目なのも同じで、いずれ公爵夫人になった時のために我慢して学び続けたからよ。
元々お転婆だった私には苦痛でしかなかったけれど、それでも幸せな結婚をしたかったから、少しでも彼の好みに添おうと、婚約者として相応しくなれるよう頑張ってきた。
それなのに愛嬌がない、つまらないですって?
「誰のせいでこうなったと思ってるのよ……!」
プツンと何かが切れると同時に、体の内側から一気に魔力が膨れ上がる。あ、マズイかもと思っても、怒りに引っ張られた魔力は止まらない。
小兄様の「だから言ったのに!」という焦り声を聞いた直後、目の前が真っ白に染まった。
*投稿スケジュール*
今日この後昼頃に一話、夜に二話更新します。
明日からは毎夜一話ずつ更新していく予定です。