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始まりの日8


 幸い、ベラミはガルヒン子爵の使嗾に乗る様子はないようで、頭を下げるだけで何をするわけでもなかった。だが、それに業を煮やしたのか、ガルヒン子爵は広間にいた一般の騎士達に対して号令を発した。


「団長と副団長を拘束せよ! 褒美は望むままだ!!」


 声を聞いた騎士達に緊張が走り、一気に緊迫した空気になった。

 ビーチャムは配下の騎士達から信頼されている、という自負はそれなりにあった。だが、王国への忠誠と比べると、と言われると正直自信が無かった。王家への信仰に近い思いを抱いているベラミはもちろん、ビーチャム自身でさえ、自身の価値と王家への忠誠とを比べたら王家への忠誠が勝った。それほど王家の血というものの価値は高いのだ。王家の血は『貌のない神々』に通じる道であり、価値そのものとさえ言えた。さらにそもそもハルザイ守護騎士団の構成員は貴族の出身者が多い。勤務先が王都で、危険も少ないということで、領地を継げない二男坊や三男坊が流れ込んでくるのだ。

 そういった人間の中には、ガルヒン子爵と面識があるものや地縁血縁があるものもいるだろうし、出世の野望を抱いているものもいるだろう。


「なんなら殺しても構わんぞ! 責任は俺が取る!」


 おそらく発破を掛けるだけで深い意味がなかったガルヒン子爵の言葉が、一瞬で緊張のレベルを引き上げた。殺気が部屋に満ちた。ビーチャムは焦った。こんな争いを起こす余裕はないのだ。まずい、と思った瞬間、


「あーえーっと、ちょっと待って待って、なにこの雰囲気?」


 と言うどこか気を萎えさせる声が聞こえてきた。

 だが、その声を聞いた瞬間、ビーチャムもベラミも慌てて威儀を正してそちらを向いた。

 予想した通りの人間がそこにいた。


「殿下!?」


 その場にいた全団員が一瞬で直立不動の姿勢になった。そして片膝を着いた。立っているのは、ビーチャムとガルヒン子爵、そして現れた青年だけだった。ベラミも片膝を着いていた。

 青年は立ったまま、困った顔で、困惑の笑みを浮かべた。


「あーうん。はい。イグナーツです。これは何が起こってるのかな?」

「ハッ。実はーー」


 ビーチャムがちらっとガルヒン子爵を見てから説明しようとすると、ガルヒン子爵が慌てた声で、


「イグナーツでーーイグナーツ殿。貴下はすでになんの権限もないはずだ! 口を突っ込むのはご遠慮いただこう!」


 イグナーツ王子は驚いた顔をした。


「え?」


 ガルヒン子爵は咳払いをし、強い口調で続けた。


「むしろ貴下からも伝えて欲しい。次の国王は我が息子のゼマであることを!」


 イグナーツ王子は何かを察した顔をして、それから軽い調子で、


「そのことはあとで話をしよう」

「あ、あと!?」

「うん。今は王都の一大事だから」


 イグナーツ王子はそのままビーチャムの方を向いた。ガルヒン子爵が唾をまき散らすような勢いで、


「きょ、教皇代理のお言葉に逆らうのか!」

「あーーーそれ、ね。それ、誤解だから。真由ーーじゃなかった。ビアンカ殿も納得してくれている。一応、僕の立場は現状維持ってことになったんだ」

「な、な、な……な」

「ごめん。時間がない。申し訳ないが彼を拘束して欲しい」

「了解しました」

「ちょ、ちょっと待て!」

「彼の息子が王位継承権を持っているのは間違いないし、僕の身に何かあればその身が王位を継ぐのも事実だ。くれぐれも失礼のないように」

「了解しております。連れて行け」


 イグナーツ王子が現れたことで完全に秩序が戻ったハルザイ守護騎士団の騎士二人が、ガルヒン子爵を両側で押さえ込むように連れ出す。ガルヒン子爵はビーチャムやイグナーツ王子の将来のひどい目について色々と叫んでいたが、気にしないことにした。今は考えていても仕方がない。そもそも王国を残すことが最優先だ。

 ビーチャムはガルヒン子爵のことを忘れて、イグナーツ王子に向き合った。


「さて、状況は理解されていらっしゃいますか?」

「王都のすぐそばに敵が現れたってことは聞いている。王都民が危険だ。すぐに対応をしなければならない。そしてそれは僕が中心に行う。これは義務だから。そしてそのことについて話し合いをするつもりはないよ」


 揺るがないイグナーツ王子の視線を前に、思わずビーチャムはベラミと顔を合わせた。先ほどベラミとの議論が一瞬で終了した。

 ビーチャムは、しびれるような感動を感じていた。


(イグナーツ王子とはこのような方だったのか……)


 という驚きとともに頷いた。


「我々の忠誠はナヴァール聖王家のものです。準備は進んでおります」

「ありがとう。急ごう」


 平服で来たイグナーツ王子をあり合わせの装備で武装させ、準備が出来た五百人で出撃しようとした瞬間、新たな報告が届いた。


「ハルザイの東西南北すべての門に、オルティガ兵が取り付き攻撃を仕掛けております!」


 それを聞いた瞬間、ビーチャムは悲鳴に似た声を上げた。


「包囲されたと言うことか!?」


 王子を落とすことはできないことを示す状況報告だった。

 絶望的な表情になったビーチャムとベラミとは異なり、瞬間固まったイグナーツ王子は、数瞬あとに何かに気づいたように目を見開いた。

 それから、勢いよく報告者の方を向いて、訊ねた。


「四つの門を同時に?」


 報告に来た千人隊長は跪いたまま答えた。


「は。その通りです」

「オルティガ軍はハルザイを包囲しつつある?」

「そのように動いているようです」


 それをイグナーツ王子は目を見開き瞬間何か考えそれからなぜか喜色を浮かべ


「チャンスかもしれない……思いついたことがあるんだ」

読んでいただいて有り難うございます。感想や評価をいただけると励みになります!

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