始まりの日7
突然のことでビーチャムは固まってしまった。思わずベラミと視線を交わし合った。ベラミの顔にも当惑だけが浮かんでいた。
摂政など現在置かれていない特別な役職に、しかも将来就くことを宣言してどうなるというのか。摂政は政治権力を行使し得ない幼児が国王の座についた際、その代理として機能する役職だ。今の国王も、その後継者候補も成人だ。
だが、その困惑をもっと浅い困惑と受け取ったのか
「困惑するのは理解できるが、この就任はラテリア教皇の承認も受けたものだ。数日中に正式に発表があるだろう」
「お、お待ちください」
「なんだ? ビーチャム将軍の有能さはよく知っている。次の国王陛下の御代でもその能力を発揮することを期待しているぞ。さて、その上でなにか疑問があるのかな?」
ガルヒン子爵は焦っているようすだったがそれでも必死に物わかりのいい上司を演じているようだった。だが浅薄さを隠しきれていないのか脅迫めいていた。
ビーチャムはまず、努めて冷静な感じで、
「イグナーツ殿下に何事かあったと言うことでしょうか?」
と訊ねた。
「イグナーツ殿は王位継承権を放棄される。次の国王は我が子ゼマと決まった」
「!」
衝撃的な言葉だった。
「ガルヒン子爵の正妻はフゼル三世陛下の姪であらせられたはずです」
耳元でベラミが情報を補強した。
「いや、しかし」
「わかるが、そういうのはあとだ。我々は今危機に瀕しているのだぞ! 敵が王都に侵入したとのこと。あってはならなんことだが、今は責めまい。とにかくハルザイ守護騎士団は直ちに王都の我が屋敷に行け。ゼマーー様は今いかにも不安な場所におられる。次の国王陛下を守り、間違いなく王城までお連れしろ! 急ぐのだ! それからフラガラッハを準備しておけ」
「それは……いや、しかしそれは出来ません。不可能です」
「なぜだ! 貴様、反逆する気か!」
「私の上司は国王陛下と王太子殿下、評議会、そして尚書部長官のみです。我々は軍であり、軍を動かすには正当な命令書が必要です。それ以外の指示に従うことは固く禁じられています。またフラガラッハはハルザラウス一世陛下より受け継ぐ王家の至宝。こちらも正式な命令書なく動かすことは出来ません。申し訳ありませんが、尚書部長官の命令書をお持ち頂けないでしょうか?」
ガルヒン子爵はうろたえたように視線を彷徨わせ、それから咳払いした。
「なんだ。心配しているのか? 安心しろ。私が摂政位に就いたら、必ず引き上げてやる。そうだ。まず伯爵にしてやろう。ハルザイの太守は伯爵こそがふさわしいと思っていたのだ」
「そういうことではありません。規則を御守りください」
断固としたビーチャムの言葉にガルヒン子爵は癇癖の筋を浮かび上がらせた。
「分かったぞ……お前、オルティガ王国と通じているな? オルティガ王国兵を引き入れたのも貴様か!?」
ビーチャムは目を剥いた。何を言っているのかと思った。
ガルヒン子爵が叫んだ。
「ビーチャムが反逆しようとしているぞ! すぐに捕らえろ! 次期摂政の名をもってハルザイ男爵位を剥奪する! 副団長! 彼もう団長ではない!! すぐに拘束せよ! 王国への忠誠を行動で示せ!」
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