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始まりの日6

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「どうなっている!? 何が何だか分からんぞ。」


 寝入りばなをたたき起こされて赤い眼でやってきたのはハルザイ男爵のビーチャムだった。

 ビーチャムの見た目は大柄で体格だけ見れば熊のような大男だが、その肩の上についているのは体格に比べるとあまりに小さく、しかも若作りで優しげな中年男性の顔だった。さらに今時の流行りで髭を剃り、髪を後ろになでつけているせいで、首だけすげ替えたような違和感さえあった。

 ビーチャムはハルザイ守護騎士団の団長にして、ハルザイ男爵、さらにナヴァール聖王国の意志決定機関である国王諮問会議の評議員八人のなかでただ一人ハルザイに残った人間だった。

 

「お待ちしておりました。現状を報告しますと、西門がオルティガ王国軍と思われる兵士たちによって攻撃を受けております」


 返事をしたのはハルザイ守護騎士団の副団長であるベラミだった。こちらはすでに装備まで身につけていた。

 ギョッとした顔でビーチャムはベラミを見た。


「いや、その報告を受けてはいたが……やっぱり本当なのか?」

「本当です」

「冗談ではなく?」

「冗談ではありません」


 改めてビーチャムは愕然とした。

 そもそもそう言った報告を受けて呼び出されたわけであるが、それほどあり得ない事態だったからだ。

 オルティガ王国軍は三日前の早朝、ライドン平原にいたはずだ。そこでナヴァール聖王国の正規軍を粉砕したのだから間違いはなかった。

 一方で、ライドン平原は王都ハルザイの北四百キロの位置にある。しかもライドン平原とハルザイの間にはジレット山脈が横たわっており、三日でたどり着くことはとうてい不可能であるはずだった。

 にもかかわらず地から湧いたか天から降ってきたか突然敵国の兵士達が現れ、そして西門を攻撃しているというのだ。


「落ち着け。うむ。落ち着くのだ」

「落ち着いています」

「分かっている。もちろんそうだとも。お前はたいてい落ちついている。そして俺はたいていうろたえている。夜は特にそうだ」


 ビーチャムは三回深呼吸をして、


「……オルティガ王国軍に間違いないのか? 別の国ーー例えばユダル帝国の可能性は?」

「ユダル帝国が参戦してきたのであれば、もう考える必要はありませんね。なにしろオルティガ王国に敗北した我が国に二カ国同時に戦う力は残っていません。最後の一兵まで抵抗して、卑怯な便乗者にせめてもの意地を見せつけるまでです」

「……そうだな。それしかあるまい」

「私も自分の目で見たわけではないので確かなことは言えませんが、オルティガ王国軍であることを祈りましょう」


 ビーチャムの脳裏に閃きが舞い降りた。


「……実は我が軍がライドン平原で敗れたというのが誤報で、途中で引き返してきた可能性はどうだ!? そうすればこのタイミングで現れた理由も、門が開いた理由も説明出来るぞ! 陛下が率いる自国軍に対して閉める門はあるまい!」

「夢を見るのは自由ですがそんな可能性はありません。決戦から敗戦までどれだけの伝令が行き来したと思っているのですか。あらゆる軍使、あらゆる伝令兵に嘘を信じ込ませる技があれば話は別ですが」

「む、むう。そうか」

「しっかりしてください」

「そうだ……そうだな。うむ」


 ビーチャムは顔を叩き、気合いを入れ直した。


「……よし! 待たせたな。おかげでようやく目が覚めてきたぞ」

「ようやくですか。時間がかかりましたが何よりです」

「うむ。というかマズいではないか!!」

「その通りです」

「通常その段階では降伏が正しい選択だぞ?」

「それは出来ません。あってはならないことです」

「そうだ。あってはならない」

「はい。我々はなんとしても絶対に王家の血筋を残さなければなりません」

「……それしかないか。王子を中立国に落とす、これが目的か」

「はい。ナヴァール聖王家は初代のハルザラウス一世以来、もっとも尊き血筋。『貌のない神々』の承認を受けた神々に等しい存在です。王家さえ残っていればナヴァール聖王国は不滅です。だから王家の血筋をなんとしても残さなければならない」

「その通りだ」

「なのでお待ちしていたと申し上げました。直ちにビエタへの撤退を命じ下さい。ハルザイ守護騎士団は三百まで招集できています。東門を通過しての撤退ならば今ならば不可能ではないはず」

「いや、待て。ちょっと待て。それはそのままナヴァール聖王国がいったん滅びることを意味するぞ」

「やむを得ません」


 ベラミの顔を見た。真剣な顔だった。冗談や韜晦で言っているわけではないことが分かった。

 だが、ビーチャムは唸った。


「それしか……それしかないのか」

「はい」

「……まさかこんなことになるとは」

「はい……」


 ため息をついた二人を現実に引き戻したのは遠くから聞こえてきた騒ぎの声だった。声に聞き覚えがあった。

 その声はひどく焦った調子で、しかしどこか尊大で、「無理にえらそうな態度を取ろうとしているような」雰囲気があった。

 その大声を中心に騒ぎは近づいてきて、


「お待ちください」

「待てんと言っている! そこをどけ! 俺の邪魔をするな。後悔するぞ?」


 そのままその声の主はビーチャムとベラミがいる指揮官室に入ってきた。

 そして、ビーチャムを見て、


「おお。団長も副団長もそろっているな。さすがだ」


 現れたのは中堅よりもやや下の国王派の貴族だった。領地を持たない官僚貴族で、名前はガルヒン子爵。四十二歳で優秀でも無能でもない極めて平均的な能力の持ち主だ。「真面目だけが取り柄」とビーチャムにとって上司に当たる尚書部長官メッサウ伯爵が言っていた記憶がある。

 その真面目が取り柄なはずのガルヒン子爵は過剰に尊大な態度で胸を張った。そしてビーチャムに向かって宣言した。


「次のナヴァール聖王国の摂政位が内定しているワイズ・ガルヒンだ。これより王都およびハルザイ守護騎士団は私の指示に従ってもらう」


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