始まりの日4
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貴族たちは出て行き、部屋には次晴とビアンカ教皇代理が残された。
ビアンカ教皇代理は冷めた顔でソファに座っている。
次晴は間を持たせるためになんとなく立ち上がり、ワゴンの上に載せられたままだった茶を手にし、冷めていることに気づいた。
メリサを呼び出し、茶を無為に冷ましたことを詫び、新しい茶を命じる。
メリサは黙って一礼し、ワゴンを押して去った。
その間、ビアンカ教皇代理は一言も発しなかった。人形のように美しくも冷たい顔でただ前を見ている。
それを次晴は盗み見て、
(……さて、ビアンカさんの目的は何だろう)
と改めて考えた。
今、イグナーツ王子側はビアンカ教皇代理の策にはまり正直に言って、完敗、と言った状況だ。次晴が想定していた和平案もラテリア教皇に仲介してもらおうと思っていたわけで、そのラテリア教皇サイドから仲介とかじゃなくて所有権を放棄してください、と言われたわけであるから、目はない。完全に詰んだ状態だ。その上で、勝者が敗者に何の用があるというのか。改めてわざわざ二人きりの時間を持つ必要性を考えたが、とんと思いつかなかった。
せいぜいが亡命の勧告程度だ。
だがそれも二人きりでやる必要は無い。むしろ敗亡の王家に対してかける情けは周知させた方が宗教家としてはメリットがあるだろう。
分からなければ聞けばいい。
イグナーツ王子のままであれば、プライドや王家の立場が邪魔して聞くことなど出来なかったかも知れないが、幸い次晴にはそのような余計なものはなかった。さらに言えば、現代人であるからメンツよりも合理性を重要視している。
二人きりになると、不思議と和んだ空気になった。
なぜだろう、と次晴は首をかしげた。
ビアンカはイグナーツ王子としても決して親しめる相手ではなかったはずだ。
だが、なぜか自分は落ち着いている。
どういうわけだ? イグナーツ王子は実はMとか?
思わず自問自答しながら首をかしげていると
「ねぇ、聞きたいことがあるの」
向こうの方から質問を投げてきた。しかもやけに砕けた口調だ。
「なにかな?」
こちらも自然と返事も砕けた口調になった。
「『神殻エンリル』について、今の継承者はあなたで間違いない?」
そう聞かれて次晴は自然と目をつぶっていた。
そして、自分の感覚の中に神殻エンリルの気配を確認した。
神殻とは神の似姿をした鎧と言うべきもので、「呼び出すこと」ができる。ナヴァール聖王国においては建国時は無敵軍と呼ばれた三百体の神殻が、実際に武器として運用されていたという。とは言っても現在では、基本的に呼び出すこともできない無用の長物だ。
「いや。継承権はあるけど、継承は終わっていないね。エンリルは今はフリーだよ」
「『神殻エンリル』の継承に面倒な条件はあるかしら?」
「……知っている限りではないと思う。血筋だけだ」
そこで思い出した。神殻エンリルには、継承権のあるものに対してのみある伝承が伝えられていた。
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