始まりの日2
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謁見は、通常国内貴族に相対する際に使用される謁見の間ではなく、王族に対して使用される応接間が選ばれた。ラテリア教皇一族をほかの貴族と同列に扱っていないことを示す特別措置で過去においても同様のおもねりがしばしば行われたが、今のところラテリア教皇とナヴァール王家の距離が縮まった気配はなかった。
次晴は応接間に入った。応接間といっても豪奢な絨毯が敷かれ、ふつうなら四人家族が暮らせそうなくらい広く天井も高い。どうやってあのシャンデリアを掃除しているのだろう、と次晴は場違いなことを考えた。
すでに応接間にいたビアンカは相変わらず美しかった。しかも驚いたことに教皇衣を完璧に着こなした完全正装だった。ビアンカは教皇代理を示す二つの珠が象眼された杖を手に、椅子に座ったまま次晴をじろりとみた。侮蔑と非難が入り交じった冷たい目で、次晴は思わず自分のそれなりにぜいたくとは言え正式ではない姿を省みて、訊ねた。
「えーっと、着替えてきた方がいいかな?」
ビアンカからの返事がないうちに次晴が入ってきたのと別のドアがノックされた。応接間は王家のプライベートスペースにつながるドアと廊下につながるドアと二つのドアがあり、廊下につながる方のドアだった。
「なんだろう? 今はビアンカ殿を応接中なんだけど」
「ガルヒン子爵様が至急お目通りしたいと……」
ドアの向こうから王宮付きの侍女が答えた。声に困惑が感じられる。早朝から二人の貴族が目通りを求めてきたのだ。困惑するのも当然だろう。
「いや、でも今言ったとおり--」
そう答えながら次晴がビアンカをちらっと見ると、
「私はかまいません。国家危急の時に対する思いはご一緒でしょうから」
強い意志を感じさせる声でビアンカが言った。
次晴は瞬間考え、
「じゃあ、通して」
次晴の認識ではガルヒン子爵はどちらかというと国王派だ。ナヴァール聖王国の貴族は、国王に忠誠を誓う国王派と教皇に重きを置く教皇派に分かれる。教皇派の領袖であるビアンカの今回の訪問の目的は今は亡き国王の失敗の糾弾であろうから、国王派のガルヒン子爵がいてくれた方が次晴としてはやりやすい、と考えたのだ。
それに考えてみれば、ラテリア教皇は今ナヴァール王国に攻め込んできているオルティガ王国に対しても権威があるわけで、停戦の使者としては最適な気がする。ガルヒン子爵もビアンカの説得に協力してもらおう。
次晴はちょっとだけ風向きがよくなってきた気がした。
ドアが開き、四十二歳のガルヒン子爵が一礼して入室してきた。
「やぁ」と次晴は挨拶をしようとして、そのまま固まった。ガルヒン子爵の後にぞろぞろと人間が現れたからだ。
「……あれ?」
現れた面々はいずれもナヴァール聖王国の貴族でしかもほとんどが教皇派だった。
「んー。これって……」
教皇派の貴族の後から、追いかけるように取次の者が現れ、次晴に気づいて慌てて謝罪した。
「も、申し訳ありません。ガルヒン子爵様をお通しするなら我らもとこちらの方々が強引に--」
壁際に並んで立った十三名の貴族は一斉に次晴に向かって頭を下げた。
思わず次晴も頭を下げる。
頭を上げる際にふとビアンカの表情が目に入った。ビアンカは勝ち誇ったように薄く笑っていた。
次晴はようやく認識した。
……なるほど。
どうやらはめられたらしい。
ガルヒン子爵も国王派から教皇派に鞍替えしたようだ。教皇派の面々の中から難しい顔をして次晴を見ている。
ふぅ、と次晴はため息をついた。
完全にしてやられた、と思った。
もう一度ビアンカを見た。勝利の笑みの中に冷酷な計算が見て取れる。
さて、いったいなにを要求されるのやら。
次晴はもう一度長いため息をついた。
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