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とある日本の兄妹



「お兄ちゃん、見てよこれ」


 台所に立っていた通学前の小山内真由が小山内次晴に向かってえらそうに突き出したのは卵焼きだ。

 一件ただの卵焼きに見えるが、


「コンビーフとチーズと柿の種が入っているのよ、これ」

「なるほどなぁ。最後の一個が斬新だな」


 顎を撫で剃り残しを確認しながら次晴は頷く。真由はすでに高校の制服を着ており、次晴も出勤前のためにスーツを着ている。

 次晴と真由は兄妹だ。真由は高校二年生の16歳。次晴は社会人二年目の24歳と、8歳も年齢が離れている割に仲がいいと言われる。むしろ年齢が離れているせいで仲がよくいられたのかも知れなかった。

 だが、次晴の態度に真由は眉をひそめた。


「む……なにその自信ありそうな感じ……」

「それなんだよ。自信あり、って奴」


 次晴は黙って冷蔵庫に向かい、パックを取り出した。


「ま……まさか……」

「そう。ついに完成した……苦節三ヶ月。これが完璧な味付け煮卵・小山内バージョンだ」


 次晴が宝石箱を開けるような慎重さでそろりとパックを開けると汁が染みこんで照り焼き色になった卵が姿を現した。卵の上に掛かっているのはたれを染みこませるためのキッチンペーパーだ。

 それを見て、


「うわぁ……美味しそう」

「ああ。ニンニクが決め手だった。三ヶ月の間、計十五パック、百五十の卵で実験を繰り返した成果がこれだ」


 真由はパックを手にして矯めつ眇めつしたあと


「……分かった。じゃあ味見がてら我がお弁当軍への参入を許可しちゃう」


 あっさり次晴苦心の作品を一個取り上げて自分の弁当に詰めた。


「代わりの私の試作品をあげる」


 コンビーフ&チーズ&柿の種入りの卵焼きを、真由のかわいらしい弁当箱の横に置かれた倍ほどの大きさの次晴のランチボックスに詰めた。今日の弁当当番は真由なのである。


「じゃあ、勝負だな」

「勝つのは私よ。小山内家の孔明と言われた私を嘗めないでね」


 妹は三国志オタクなのだった。


「寝言は寝ていえ」

「きりきり走らせてあげるから覚悟していて」

「おいおい、それ、死せる孔明生ける仲達を走らす、って奴だろ? それじゃあ小山内家の孔明ことお前は死んでることになるぞ?」


 喋っている間に真由と次晴の弁当が完成した。弁当箱をランチバッグに詰め、真由は


「はい。お兄ちゃんのお弁当」

「さんきゅー」 


 いいながら次晴が手を上げると、そこに真由はパンと手を合わせ、


「じゃあ、行ってくるね!」

「気をつけてな」


 真由は駆け出していった。

 いつもギリギリだ。ギリギリまで兄妹の時間を過ごして、学校に向かって駆け出す、と言うのが真由の行動様式なのだった。


「さて……」


 一人になった次晴は伸びをしてからカフェオレを入れはじめた。

 朝食を取る習慣のない次晴にとって、ミルクたっぷりのカフェオレは言わば朝食代わりだ。

 次晴の会社の出勤時間まではまだ30分ほど余裕があった。

 次晴はカフェオレをゆっくりと飲みながら天気をチェックする。

 小山内次晴と小山内真由、二人の両親はいない。

 二年前に夫婦そろって事故で死んでしまった。

 残された二人きりの家族である次晴と真由はより強い絆で結びつけられた。

 実際、両親が生きていた頃より、仲はよくなった気がする。

 次晴は時計を見た。八時五十分。


「俺もそろそろ出るか……」


 冷め始めたカフェオレを一気に飲み干し、立ち上がったところで、突然ドアの鍵が開く音がした。鍵を持っているのは真由と自分だけのはずだ。


「ん?」


 ドアを開けて入ってきたのは出ていったばかりの真由だった。


「……どうした?」


 真由はいぶかしげな顔で後ろを振り返り、


「なんか電車が止まってて……」

「……ん? 事故か?」

「わかんないけど復旧の見込みは立ってないって。とんでもない罠だったわ。孔明もビックリ」


 あー、急いで損したと言いながら真由は靴を脱ぐ。

 次晴は顔をしかめてテレビをつけた。

 旅番組やバラエティをやっているが特に事故のテロップは出ていない。大事故ではないのか、そもそも小山内兄妹が住む田舎の電車の運休情報などテレビで流すほどの価値はないのか。

 やむを得ずスマートフォンで鉄道会社のサイトに行き確認したところ、真由が言ったとおりの文言が書かれているだけだった。


「運行停止中で原因を確認中……か。訳が分からないな」

「でしょ。とにかく私たちはあの電車が動かない限り学校にも会社にも行けないわけで」

「そうだな……俺も会社に連絡しておくか」


 真由は次晴をちらっと見て、


「やっぱお兄ちゃん、あんまり驚かないね」

「ん? そうか?」

「うん。お兄ちゃんってなんかいつも驚かないから」

「驚かないから?」

「安心するんだよね」

「そういうもんか?」

「そういうもんなのよ」


 ま、それがお兄ちゃんのいいところなのよねと言った真由はあくびをして、


「私はひと眠りしてくるー」


 自分の部屋に向かい三歩進んだ後、くるりと振り返り、


「おかず勝負、目の前で出来るね」


 と言ってニヤリと笑った。


「だな」


 次晴も笑みを返す。


「お兄ちゃんには絶対負けないから」

「そりゃ俺のセリフだ」


 真由はもう一度あくびをして、「うー、眠い……じゃあね」


「おう。お休み」


 妹のあくびがうつったのか、次晴もあくびをかみ殺し、


「俺も寝るかな……」


 と時計を見た。

読んでいただいて有り難うございます。定期的に更新したいと思っております。応援、評価をお願いします。

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