7. レンタル彼女(本物)
今日は土曜日、駅前は休日を満喫している雰囲気で浮かれています。
駅前の銅像、これが一体なんなんかわからないが待ち合わせのシンボルにはちょうどいいのだろう。今も初々しいカップルが「待った」「ううん、今来たところ」などというやりとりをしてから手をつないで出発していく。
そこに新たな女子が一人やってきました。
「あの……」
振り向くとお人形さんが立っていた。正確には人形みたいにきれいな女の子です。
「白のカッターシャツに青いネクタイ、賢木さんで合っていますか?」
「そうだ、今日はよろしく頼む」
「優しそうな方でよかった。マユミです、こちらこそお願いします」
落ち着いた上品な笑顔といっしょに肩までのばしたふわふわの栗毛がゆれる。気のせいか近くに立つこちらにまでいいにおいが漂ってくるようです。
彼女こそレンタルライフで人気No1と評判の“レンタル彼女”である。どこかのなんちゃってレンタル彼女とちがって本物のオーラがありますね。
「あら、あなたは?」
気にしないで下さい。あたしはただの実況担当なので。
不思議そうにこちらを見てくる彼女から目を逸らした。
戸惑った顔であたしと賢木の間で視線が行ったりきたりしてる。
「そっかー、よろしくね!」
どうなるかと思っていましたが、彼女はにっこりと笑いかけてきました。その適応力はプロといわざるを得ません。
「それじゃあ、今日は三人でデートかな?」
「……いえ、そうじゃないんです」
今日のあたしの役目、それは『賢木が恋人らしい振る舞いができるのか』ということを判定すること。恋人というものについて悩む賢木が出した答えは『本職に聞いてみよう』ということだった。
「よし、では行こうか」
そういって先を進む賢木を彼女と一緒に追いかけていく。
最初に賢木が選んだ場所はイタリアンのレストラン。マナーが必要な高級店です。
「こういった場所だとちょっと緊張感を持たせることができて、きれいな話もできるというのがポイントだ」
賢木がどうだとばかりに、フォークとナイフで料理と格闘しているあたしに視線を送ってくる。
隣に座る彼女もぎこちない手つきで料理を口に運んでいます。実況者は彼女に共感を持ちました。
イタリアン店から抜けると、ようやく肩の力を抜くことができた。無駄に力が入った肩をほぐすようにまわしていると、彼女が賢木と二人で何かを話している様子。
匠のアドバイスを受けて、賢木がうなずきながら手帳にメモをしていきます。
「では、つぎはもっと落ち着ける場所にしよう」
会話と買い物を楽しみながら夕陽が落ちてくる時間、二件目に進みます。地下につづく階段を下りて、重たい扉を開けた先のバーでした。
わざと暗めにした室内は間接照明で雰囲気をだしていますね。人は少なく会員限定の場所といった落ち着いた場所です。
カウンター席に三人で並ぶ。賢木の左隣にマユミプロが腰をおろしました。賢木を挟んで右隣から実況を続けます。
「心理学的には斜め45度が一番親密度があがりやすいらしいが、横並びというのもパーソナルスペースをすごく近づける配置だ」
賢木はお酒を頼もうとしますが、マユミプロは困った顔でジュースを頼みました。レンタル彼女の規定でお酒はNGなようです。これには実況者も苦笑い。
実況で喉が渇いたのでリンゴジュースを注文します。まさかのリンゴをすりつぶしてつくった100%ジュースでした。最高です。
店をでた二人の距離はなんだかんだで縮まっています。
賢木の左手と彼女の右手の甲がこつんと触れ合いました。彼女は恥ずかしそうにしながらも、何かを期待する視線を賢木に送ります。これは男心をくすぐる匠のナイスプレイ。
しかし、賢木はその合図に気づかないという痛恨のミスぅぅぅぅ!
恋人の時間も終わりが近づき、駅前まで彼女と歩いていた。笑顔を浮かべているが、絶対に怒ってるよね。
離れた場所を歩く賢木をチラリと見るが、この状況を作り出した本人は全く気にした様子もなかった。
「……えっと、ほんとすいません。この人いつもこうなんです。マジでごめんなさい」
変なことに付き合わせたことを謝っていると、急にくすくすと笑い出した彼女を不思議に思った。
「いろんなお客さんを見てきたけど、今回みたいなのは初めてだったかな。でも、賢木さんと一緒にいるあなたはとっても楽しそうだったよ。そばで見られてよかったかな」
「いやいや、そんなわけないよ」
あいつには振り回されてばかりだ。お金も時間も贅沢な使い方だ。金持ちの道楽である。
しかし、楽しくないといえばウソになる。疲れるけど濃い時間が続いている。退屈でずっと続くはずだったあの時間が遠い過去のようである。
「それでは賢木さんと華原さん、今日は楽しかったです」
そうして、彼女は小さく手をふって駅前の雑踏に消えていった。
帰り道、さっそくとばかりに賢木が聞いてくる。
「それで、どうだった?」
「あんたは恋愛の神様に謝れ」
賢木の前にスマホの画面を向けた。
そこには楽しそうな笑顔を浮かべる彼女と無表情の賢木が映っている。
こいつの求める甘酸っぱい思い出とやらには程遠いの図だが、まるでなにがだめだったのか分からないらしい。困惑したように眉根を寄せて思案顔をしている。
「あんだけ恋愛物の映画も見たのに、どうしてあんなに無表情なのよ」
デートの最中の賢木には、表情にも仕草にも切なそうな感じはまるでなかった。
すごく淡々と、なんだか機械的に動いただけという雰囲気だ。デートコースも何かのどこか雑誌でみたものだった。
「あれは芝居だ。自分の経験ではない」
「登場人物を自分に置き換えて考えてみればいいじゃない」
「あれを自分のことだと考えるということか、むぅ……」
少しだけ、問題の原因がわかった気がした。
「あのさ、賢木。ああいうの見て、自分もそういう経験してみたいとか思ったことある?」
「いや、ない」
なにを当たり前のことを、という顔でこちらを見ている。
「物語上で見る恋愛とは、登場人物の欲望とつがなっているものだ。だから彼らはあそこまで執着することができる。そういった強い気持ちが私には、ない」
たぶん賢木にとって恋愛は自分の人生とつながっているものではないのだろう。こいつのほんの一部しか見たことがないがなんとなく察しはつく。
それこそ、プロのスポーツ選手が活躍する試合をテレビで見ているようなものなのだろう。すごいものとは思うが、自分が彼らと同じ場所に立てるかというと、答えは『NO』だ。
感性の問題だから納得や理解は難しい気がする。
といっても、あたし自身も恋愛経験など皆無である。アドバイスすることも難しい。
「それで、どうしてキミは不機嫌そうなんだ?」
「別にぃ……」
別に賢木が恋愛ということについておかしなことしているなんていつものことだ。
でも……さっきの二人の姿は絵になっていたのだ。とてもキラキラしていた。お似合いであった。
もしも、賢木の隣にいるのがあたしだったとしたらあんな風になれるだろうか。
そんな想像に眉間に皺が寄っていくのを感じた。
最近は恋人らしくするのが上手くなったはずだ。賢木の恋人らしく振舞えるように無邪気に見えるようにがんばった。
素直に甘えられるようにもなってきた。
むかつくことに、結局、それらはほとんど素のままのあたしだったけれど。
あたしは何を考えているのだろう。
そこで賢木の視線があたしのほうを向いた。
わずかに見つめ合ってしまう。
「賢木、おなかへったしどっか寄っていこ。できるだけジャンクなやつがいいな~」
「ハンバーガーならこの前つれていかれた店のゴムみたいなものは勘弁だ」
「あれこそがジャンクフードなのに、賢木には庶民の味はわからないみたいだね~」
結局、心を読まれてしまいそうで自分から視線を逸らしてしまった。
本当にやっかいな相手だ。