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5. 試したりかけひきしたり

 賢木が会社にでかけ、一人になると家事でもしようかと掃除機を引っ張り出す。しかし、ほとんど掃除に時間はかからなかった。

 まめな男だとは思っていたけれど、部屋の隅まで埃がみあたらない。

 

 せっかくのやる気が空中分解したまま、ソファーの上でだらしなく手足を投げ出していた。

 

 本当だったら、今の時間はあたしも制服に着替えて高校で授業を受けているはず。しかし、制服はおろか通学カバンも教科書もあたしの手元にはない。

 

 あらためて今の自分の状況を思い出す。

 少し前の自分はすぐに解決しなければいけない問題が目の前にあったが、こうして余裕も生まれると余計なことを考えそうになる。

 

「はぁ……、やめやめ、なんとかなるでしょ」

 

 外にでも行こうかと思うが、今日は賢木から家で待っているように言われていた。

 ろくでもないことだろうなと思いながら、どこかで楽しみにしている自分もいた。

 

 

 時刻は午後3時過ぎ、制服姿の高校生の姿が目に付く。

 

『学校から一緒に下校する』

 

 これが今日の青春の一ページらしい。

 微妙な距離感を保ちながら一緒に歩く男女を見つけると、賢木の目が鋭くなる。不審そうな顔を向けられ、あわてて賢木の腕を引っ張っていく。

 

「あ、ちょっ、待ちなさいよ」

 

 つかんだ腕が今度は別の方向に引っ張られる。ずんずんと進む賢木の先には見慣れた看板のアイスクリーム屋があった。

 

 カウンターの前には制服姿の生徒達の姿が目立っていた。

 たしか校則では『寄り道や買い食いを禁ずる』なんてかかれていたけれど、学校に通っていたころのあたしもその例に漏れなかった。

 アイスはダブルの方が断然安くて、お金のないあたしたちは二段重ねのそれをスプーンで分け合った。

 常連である彼らもそれは分かっているようで二人一組になって、スプーンを動かしている。

 

 中には男女で肩を寄せ合って、ひとつのアイスをつつく姿も見えた。

 

「キミはどの味がいい?」

 

 こちらに聞きながら賢木もショーケースに並ぶ色取り取りのアイスにざっと視線を流す。

 

「えっと、じゃあストロベリーチーズ、かな」

 

 あたしが一番好きだった味。よく一緒にいた友人からはいつもそればっかりだねとからかわれた。

 店員に代金を渡す賢木を横目に、たぶん一人じゃもうここにこれない場所だろうなと思う。

 

 ほら、と声をかけられて手をのばすと渡されたのはスプーンだけ。

 おかしいなと賢木の手元に目を向けると、そこにはピンクと白の二段重ねになったアイスが握られていた。

 

「えーと、ああ、うん、わかったわかった」

 

 相変わらず表情は薄いが瞳の奥に期待の色が見えた。

 やとわれの身としては拒否できず、あたしたちは店の近くに置かれたベンチに並んで座った。

 

 パラソルが作る日陰の下、夏服を着た生徒達がアイスクリーム屋を通りすぎていく。

 中にはこちらに視線を向けるものもいる。あたしたち二人は彼らの目にどんな風に映ったのだろうか。

 

「ほら、賢木、わらってわらって~」

 

「前も一緒に撮っただろう」

 

「今日の分をまだ撮ってないじゃん。ほらほらいい顔して~」

 

 スマホを掲げて、アイスクリームを握る賢木とあたしの姿を写し撮った。

 画面に映っていた賢木はまっすぐにカメラに目をむけて、口元は引き結ばれている。隣で笑顔を浮かべているあたしが場違いみたいだ。

 

「もうちょっと笑ったりできない?」

 

「努力しよう。だが、毎回撮っているようだがそれは必要なのか?」

 

「記録だよ。一言そえて残しておいてるから、そしたら思い出が形になるじゃん」

 

「そういうものか」

 

 撮った写真を今日の一枚のフォルダに入れてロックをかけておく。

 それから渡されたアイスをスプーンですくう。口に運ぶと懐かしい味が舌の上に溶けて広がっていく。

 

 ひとつのコーンは二人の手を行き来しながら、アイスがだんだんと削られていく。

 

「賢木のやつ、もらうよ」

 

 賢木の選んだ味はバニラだった。店で選べる味は多く、基本であるバニラ味を選ぶことは少ない。たまにはいいものだ。

 

「ねえ、賢木」

 

 スプーンですくって口に含むと、賢木にアイスを渡す。バニラとストロベリーの組み合わせはなかなかグッド。

 

「あんたってあたしのこと聞こうとしないよね」

 

 賢木からアイスが渡される。賢木はバニラの方ばかりをすくっている。

 

「気になったりは―――」

 

 しないんだろうなぁ。

 渡すときにときおり指先が触れ合うこともあったが、賢木からは特に反応はなかった。

 

 考えたことはなかったけれど、賢木はあたしをどう思っているんだろう。こんなことを考えるなんてちょっと恋人っぽいな、なんてね。

 この関係は賢木が満足するまでのつきあいになるのだろう。

 

「ん……?」

 

 手元に視線を落とすと、下段のバニラアイスはぎりぎりまで削られて、今にも二段目のストロベリーチーズが転げ落ちそうだった。

 

 視線を上げるとこちらを見ている。まさか、こいつ試しているのか。

 

「ぐっ、むむむっ」

 

 あたしは口を大きく開けて一気にアイスをほおばった。冷たい塊が口の中を占拠し頭の中がフリーズする。

 目を白黒させながら口の中のものを飲み込んでいると、賢木の顔面の筋肉が引きつったようにみえた。特に口元がひくりと痙攣している。

 

「もしかして、今笑おうとした?」

 

「そんなことはない。気のせいだ」

 

 結局失敗したようで、またいつもの無表情にもどってしまった。


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