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1. あなたとラブコメがしたい

 家出の理由というのは親との不仲ということが多いと思う。

 家に帰ったら110番されて逃げ出したというのはなかなかにめずらしいケースなのではないだろうか。

 

「はぁ……」

 

 何度目になるかわからないため息をつく。

 家を飛び出してから2,3時間がたっていた。

 それなりの事情によって家に帰れなくなったわたしは、駅前のベンチに座ってどうしようかと考えていた。

 

 夕陽が落ちる駅前には昼間の熱気がまだ残っていた。

 暑さをこらえてベンチに座るあたしの前をたくさんの人が通り過ぎていく。

 仕事が残っている人も、遊びにくりだす人も、家に帰る人もみんなそれぞれの居場所に向かっている。

 

 そろそろ今晩の寝床をどうするべきか決めなければならない。

 頼るべき友人とは連絡がつかない。

 財布の中身を見てもホテルに連泊できるほどの額はない。そもそも未成年一人じゃ受付で追い返される可能性が高い。

 野宿とか、ないない。色々な意味で危険だ。

 警察に頼るのも無理そうだった。

 

「どうすっかなぁ……、やっぱり、でも、うーん……」

 

 思いつく手段はあったが思い切ることができない。うなり声だけがもれる。

 

 道行く人の顔をなんとなく眺めていると、自分と同じようにしている人物を見つけた。

 道を挟んだ向かい側のベンチにすわった男は、特に表情を浮かべずに通行人に視線を向けている。

 

 細いフレームの眼鏡が日に焼けていない顔にかかっている。線が細く、パソコンの前で作業をしているのが似合いそうなタイプの若い男だった。まあ、若いといっても二十台後半ぐらいの感じ。あたしら女子高生からするとおじさんに見える。

 

 一度気になりだすとその男だけが浮いて見えた。

 様子を見ていると、彼の視線は常にとあるものを追っていることに気がついた。

 カップルである。観察するその表情は真剣で、ときおり手元の手帳の上でペンを動かしている。

 

 よし、決めた。

 

 男の様子を後ろ目に自動販売機で缶コーヒーを二本買った。水滴の浮かんだ表面の冷たさが心地よかった。

 

「ねえ、お兄さん」

 

 声をかけると同時に、よく冷えた缶コーヒーを軽く投げた。男は動じることなく、ペンを握っていないほうの手で受け止めた。

 

「……キミは?」

 

「おごり、暑いでしょ」

 

 あたしも持っていた缶の蓋を開けると、乾いた喉に一気に甘ったるい液体を流し込む。

 男も間をあけてからプルタブを開く音を立てた。

 

「あんたさ、なにやってたの?」

 

「私のことを見ていたのか」

 

「うん。10分前ぐらいから」

 

 さっきまで座っていたベンチを指差すが、まったく視界に入っていなかったようだった。

 

「今は仕事中? もしかして雑誌の記者とか?」

 

 男はこの暑さの中、スーツをきっちり着込みネクタイで首元を締めている。しかし、仕事帰りというには、まったくの手ぶらで何をしているのか想像が難しい。

 

「いいや」

 

「ふうん、そっか」

 

 短い言葉だけを返すが、男がこちらを邪険に扱う様子はない。その視線は足元からスカートの上にのぼっていき、顔の前で止まる。少しはこちらに興味があるのなら、もう少し踏み込んでもいいだろう。

 

「お兄さん、あたし少し困ってるんだよね。ちょっと助けてくれない?」

 

 タダとはいわないよ、という言葉を投げかけてから男の返事を待つ。じっと考え込むようにあたしを見た後、男はうなずいた。

 

 

 男について行った先は家賃が6ケタを超えてそうな高級マンションだった。

 エレベーターの表示はどんどんと上に昇っていく。

 ガラスの向こうには夕闇に沈む街を見下ろすことができた。

 

「へぇ、すごいとこにすんでるんだね」

 

 玄関では男の脱いだ靴がきっちりと揃えられている。

 用意されたスリッパに足をつっこむ。

 すっきり整えられた部屋に、さりげなく観葉植物などもおかれている。しかし、生活感がなく、まるでショールームのように整えられていた。

 

 ものがほとんど置かれていない部屋の中できょろきょろとしていると

 

「シャワーを浴びてきてくれ。準備しておくから」

 

 やる気十分だなと思いながら、家の風呂場の倍の広さはありそうな浴室を楽しんだ。

 下着はまだつけたままのほうがいいかなと、あの男の好みを考えながら風呂からあがる。

 できれば変な趣味とかありませんようにと思いながらリビングに戻ると、リズムよくパソコンのキーボードを叩く音が耳にはいってきた。

 

「あがったか、だいぶ長かったな」

 

「すごいお風呂だったから楽しんじゃってさ。ていうか、なにやってたの? 仕事の続き?」

 

 指差しながら疑問符を浮かべていると、プリンターが音を立てて紙を排出する。印刷された紙を手渡され、そこにはきれいにマス目が整えられた表がのっていた。

 

「これからキミにしてもらうことだ」

 

『放課後、夕陽の差し込む教室で雑談を交わしながらぼんやりと笑いあう』

『自転車をこいでミニ旅。途中の休憩所でサイダーをのみながらお互いに「疲れたね」といって心地よい疲れを感じる』

『浴衣姿で夏祭り、手をつないで屋台を回り花火を一緒に見上げる』

 

 などなどエトセトラエトセトラ。

 箇条書きでずらずらと並べられている。

 

「えっと? これは?」

 

「いったはずだ。キミにやってもらうことだ」

 

「いやいや、そうじゃなくて」

 

 男は表情を変えないまま、まるで物覚えが悪い生徒を相手する教師のように見下ろしてくる。高身長の男を見上げていると首が疲れる。

 

「私はだな、ご覧のとおりそこそこ金を稼げる地位にある。幼い頃から両親に厳しく教育を受けた成果だ。そのことについて感謝はしている。しかし……」

 

 眉根をよせながら後悔のにじむ声で続きを語っていく。

 

「小中高校大学とすべてを勉学と習い事に時間を費やしてきた。あるとき、自分に青春という思い出がないことに気がついた」

 

「はぁ……、で、これがしたいと」

 

 紙に書かれていることはテンプレともいえる青春の一シーンの連なりであった。

 

「学校なんてなんとなく勉強したり部活したりする場所なんじゃないの? いまさら興味とかでるもんなのかなぁ」

 

「ああ、そのとおりだ。私は全国有数の進学校でも一番になった。しかしだな、大人になってからでも勉強とは取り返しの効くものなのだ」

 

 自慢にしかならない言葉だったが、不思議とこの男がいうとただの世間話程度に聞こえてしまう。

 

「んん~っと、大丈夫です。いいたいことはわかったから。でも、青春なんて人それぞれなわけで、あんたぐらいの男なら相手から寄ってくるんじゃない?」

 

「無論、社会人になり時間に余裕ができてから何人か交際してみたが……ちがうのだ……。青春というのは中学高校のときに十代にできることだから意味があると思わないか? なによりも、私以外の多くの人間が私の経験していない青春を謳歌していたということが悔しくてならない! 高校のときの思い出話が話題になってみろ、あんなおもしろいこともあったなと自慢げに語る相手の話に相槌を打つことしかできないのだ!」

 

「ごめん、わかんね」

 

 男の残念すぎる変化についていけず、冷たい声がでた。しかし、男は構うことはせずマイペースに話を進める。

 

「協力してくれるならここにいくらでも泊まって構わない。謝礼も幾ばくか出そう」

 

「え、まじで!?」

 

 提示された額に心が傾く。これは住み込みのバイトと考えれば、かなり割りのいいものとなりそうだった。

 むしろ、今の自分にとっては願ったり叶ったりである。

 男の考えが変わらないうちにすぐに決めた。

 

「それでは、その部屋を使ってくれ」

 

 案内されたのは客室だった。

 ここも最低限の部屋の体裁が整えられているだけのホテルの部屋のようである。しかし、今の自分にとっては十分すぎる。

 

 部屋に一人になると、ベッドに寝転がりながらスマホを眺めていた。

 スマホのアドレス帳には『賢木囚慈(さかきしゅうじ)』という仰々しい名前が表示されている。それがあのヘンテコな男の名前らしい。

 

「なんだかなぁ……」

 

 予想外の展開ではあったが、望む以上のものを与えられていた。あの男は変だけれど、今のところおかしなことはしてこない。

 

『6月25日(土)』

 

 日付を確認して目を閉じる。慣れないベッドの上だったけれど、すぐに意識を手放した。

 

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